ここへ通ってくる何人もの子供達。それぞれに問題を抱えた子供達故に、個々への対応は当然異なる。ひとりひとりに最適な接し方や教育方針。それを日々のコミュニケーションの中で感じたことを加えてアレンジさせていく必要があった。机に向かった男は、ひとりひとりの顔を思い浮かべながら計画を練っていく。複雑に入り組んだ思考。直接当人と接する時にも気は使うが、その日の出来事を思い起こしながら察し方を考える時間もやはり神経を使う。『なかなか…大変だよな…。』預けたいと依頼を受けた際、断ったことは一度もなかった。教師が見放したら子供はどうなる…?教師が手を差し伸べなくてどうする…。そんな教育論が思考から溢れ出るほどに子供達と向き合う事こそが教師だと信じてきた。そんな杉浦にもいささか疲れを感じ始めた頃だったのかもしれない。行き詰まった思考を和らげようといつものように椅子を回した時…。そこに見た光景が熱い教育論に何らかの歪みを生じさせたのかもしれない…。本の内容に没頭している彼女は、無意識に頷いてる事に気付いているのだろうか…。本棚に凭れるように身体の重心を左右に変えながら片脚ずつ疲労を癒しているのだろうか…。凭れ掛かる仕草が、まるで自分の全てを預けているかのように見える姿は、安心しきって無防備にさえ見える。『余程あの本が気に入ったんだな…。あんなに没頭して…。』脚を入れ替える身体の動きは、きっと無意識に行っているのだろう…。それほど本の中身に集中しているように見える…。と、その瞬間…学生時代の放課後の図書室の光景が思い浮かんだ…。密かに想いを寄せる女子の後姿を見つめていたあの頃と…今の光景が重なって見える。本棚に寄り掛かり、静かにページを捲りながら読書を楽しむあの頃の光景…。『あの子と…同じだ…。』何も咎められない安心感からなのか…少女らしい可憐さを醸し出している姿に心が躍る。『あの頃も…こうして後姿を見ていたんだった…。』過去の思い出と現実の狭間を彷徨うように意識が行ったり来たりを繰り返す。ふと立ち上がった杉浦は何かに吸い寄せられるかのようにフラフラとした足取りでその背後に近づく…。何かしようとしたわけではなかった。ただ…あの頃は叶わなかった事を味わってみたいと…近寄ることさえできなかったあの頃…。でも今は…教師という立場で生徒の元へ歩み寄る事は不自然ではない…。勝手な思い込みなのかもしれない。人との距離感が普通ではない少女に近寄る事は間違っているのかもしれない…。しかし今は…杉浦を止めるものは何もなかった…。そっと背後に近寄り、本棚に手を伸ばす。それは明らかに行動を誤魔化す行為であり、手にした本に今興味が向いたわけでもなかった。「どうかな…?その本…気に入ってくれたみたいだけど…。」穏やかな口調で話しかけた瞬間、彼女から甘い香りが杉浦の鼻腔をくすぐった…。きっとあの時の少女も…こんな甘い香りを纏っていたのだろう…。過去と現実がごっちゃになったまま、彼女から漂う若い女性の香りを胸いっぱいに吸い込みたい衝動に駆られる…。それが間違っていることだと気づけないまま…近くで息を
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