結婚して20年、私47歳、妻42歳、先日、昔のハメ撮りデータを整理しました。
私と妻の出会いは遡ること25年前、私は大学4年生、妻は高校2年生でした。
妻はセーラー服が良く似合う可愛い女の子で、ぱっと見、女子中学生が女子国政のお姉さんのセーラー服を借りて着てるみたいに幼顔でした。
妻を見て、どこかで見たことあるような・・・と思ったのですが、妻は、ロリータAV女優の倉本安奈さんに何となく似ていました。
妻とは、バイト先で一緒になったのですが、私が大学3年生まで付き合ってた短大生の元カノが卒業して、就職先に引っ越してお別れしたことで、淋しい思いをしてる時の出会いで、思わず誑かしてしまいました。
元カノとは、元カノの卒業で別れることが分かってての付き合いだったから、学生時代に恥はかき捨てとばかりに、ハメ撮りはしませんでしたが、M字開脚快楽地獄や、アナルセックスなど、アブノーマルなプレイを楽しみました。
妻を誑かしてアパートに連れ込んだ時、技と妻の目に入る場所に元カノと呼んでたSM雑誌を置いて、妻に被虐心があるかを観察しました。
妻は興味を示し、SM雑誌を手に取り、
「あの・・・これって・・・」
「ああ、3月まで付き合ってた元カノとそういうプレイを楽しんでたんだよ。雑誌を参考にしてね。」
妻は、ページをめくって、股間を虐げられて仰け反るセーラー服姿のモデルを見て、目を潤ませていました。
その時、緊縛されて淫らな姿を晒してたモデルこそ、倉本安奈さんでした。
木造の校舎でベタなセーラー服姿で緊縛され、凌辱される姿は、昭和感漂うエロスの世界でした。
それが8月の下旬で、それ以来、妻は私のアパートに頻繁に訪ねて来ては、SM雑誌を見ていました。
当時のセーラー服緊縛は、妻が似てた倉本安奈さんのほかに、笠木忍さんもいました。
笠木忍さんは純朴そうな女子高生、倉本安奈さんは小中学生の役どころでしたね。
秋も深まった10月末、妻は、マゾの素質を白状し、雑誌の女の子みたいなことをされたいと言いました。
私は、17歳の妻の処女膜を生の陰茎で破りました。
まだ男を知らない淫裂にクンニで責めて、アクメへの道筋を刻み込んでいきました。
やっと完成したばかりの女体で、私の淫帰依を受け入れ、破瓜の痛みに耐えました。
私に初めてを捧げ、満足そうに微笑みました。
その柚須は、動画で記録してあります。
やがて、少しずつ開発され始めた身体は少しずつ快感を知り、私の陰茎を歓んで受け入れていくようになりました。
性感を知ったセーラー服少女は、無垢な肉体を快感で濁らせていきました。
そして、まるで倉本安奈さんのように幼い顔を被虐の快楽に恍惚とさせるようになりました。
少女の陰部を丸晒しにするM字開脚緊縛で、羞恥心を煽ります。
そして、容赦なく陰部を責めて、快感を強制し、被虐心を煽るのです。
性感を教え込まれた身体は、辱めに感じてしまい、生の陰茎が授けた淫蕩の快楽に負けていきました。
陰茎だけでなく、バイブやクリキャップやローターによる蹂躙にも、セーラー服少女は快感に翻弄されていきました。
県立高校では、その可憐な可愛さから清純はアイドルとして人気者でしたが、その教室で来ているセーラー服を着たまま、絶頂の快感に茫然自失とする淫らな姿がカメラで切り取られて行きました。
性感を開発された身体は淫らに反応し、痙攣し、快感地獄に肉体限界を超えても、M字開脚で足を拡げて身体を仰け反らせ、その幼い見た目からは想像しがたい艶っぽい喘ぎ声を絞り出しました。
少女の恍惚の表情は、大人の女の色香を漂わしていました。
マゾ調教の後、緊縛を解かれ、陰茎を挿し込まれるのです。
根元まで挿し込まれた陰茎の感触に、
「どんな恥ずかしい命令にも従います。」
と性奴の誓いを繰り返しました。
デジカメ動画や静止画が、まるで女子中学生のような可憐な三つ編み姿の妻を記録しています。
死ぬほど恥ずかしい大股開きで、白濁した液が噴出した淫裂が映し出されています。
高校を卒業した後も、県立高校時代の清純な印象を残しつつ、淫女の本性に目覚めていくのです。
県立高校時代から、学園の清純派アイドルとして人気があった妻の恥辱画像、若くして私の妻の座に収まってからは、昼間は清純な幼な妻、夜は恥辱凌辱の高等性教育にマゾの華を咲かせました。
新婚時代、そんな家庭内凌辱の写真が、数回、素人投稿誌の紙面を飾りました。
クリキャップが吸い付いた股間と、ディルドが刺さったアナル、赤いロープで緊縛され、三つ編み揺らしてヨガリ狂う幼な妻の悲哀が、マニアの心をつかんだこともありました。
見た目は清純そうですが、ブラウスとスカートで楚々としているものの、その中身はノーパンノーブラで、
「きっと、スケベな男たちには、お前のマンコが剥き出しなのがばれて、会談で覗き込まれてたぞ。お前、他人にマゾマンコ見られてたぞ。」
と言ってやると、内股から愛液が伝い落ちるのです。
電車で座ってる時もノーパンノーブラで、吊り輪を握る男が胸元を覗き込み、対面居座る男は姿勢を低くして覗きます。
マンコ丸出しで濡らし、
「もう待ちきれない。あなたのチンチンが早く欲しい・・・」
と帰るなり玄関で陰唇を押し開きながら、陰茎乞いしてくる有り様で、私にまたがって、
「ひぃぃぃぃぃーーーーーっ!」
とヨガリ狂い、アパートの外まで聞こえるほどの声をあげました。
ハメ撮りは、妻が高校2年の時から第一子出産した25歳まで、約8年分ありました。
妻は、25歳でも未成年顔で、セーラー服妊婦中出しなど、最後までセーラー服が似合うハメ撮りでした。
妻のハメ撮りは、動画はBD1枚、デジカメデータはCD-R1枚に断捨離しました。
いつか、もう、年老いて性行為なdしなくなった頃、処分しやすいようにしたのです。
現在、42歳の妻は、相変わらず可憐で可愛い顔をしていますが、その陰部は荒淫に変色し、アナルはガバガバ、そして、吸引し尽くされたクリは皮がズル剥けで、シルバーのピアスが通されています。
いつか、混浴風呂で妻のクリピアスを晒したいと思います。
そんな妻との四半世紀を振り返ってみました。