31歳の専業主夫です。
結婚して6年の妻は、5歳年上の36歳、某病院で看護師をしています。
妻は、某病院の倉科カナと言われたほど美人で、私が勤めてたレストランの常連でした。
妻は美人なんですが、その性癖のせいで、男性と長続きしませんでした。
その性癖というのが、医療器具サド、つまり、医療器具を使って男性を責めて、泣き悶えさせて男性のプライドをズタズタにしたい願望があるのです。
私は、調理系の専門学校を出てから、そのレストランでずっと修行していました。
よく来るお客さん一行に、目を見張る美貌の持ち主が居ました。
それが妻でした。
指輪hしてないから独身みたいだけど、彼氏いるんだろうなと思っていましたが、話を立ち聞きすると、26歳の時に別れた彼氏が最後で、この2年は男日照りだと聞こえてきて、妻が5歳年上の事と現在フリーなことを知るとともに、
「私、オトコを苛めたい、サディスティックな面があるから・・・」
と聞こえてきて、完全に惚れました。
中学時代にイジメられっ子だった私は、スケ番にペロパンされて、ペニスを弄られて、大勢のスケ番の前で立て続けに何度も射精させられて、ドピュン君と呼ばれてました。
そのうち、それが快感になり、もうされるがままで、両手両足押さえつけられて、尿道に綿棒抜き差しされたり、尿道に綿棒入れたまま扱かれて射精させられたりしましあ。
ロースハムを巻いてた網をペニスに巻かれて締め上げられたり、恥辱を受け得居るうち、スケ番に恥ずかしいところを見られる快感に酔い痴れるようになりました。
高校に進学しても、スケ番は同じ高校ではありませんでしたが、高校になっても与太ってた元スケ番の一部に時々呼び出されて、ペニス苛めを受けていました。
そして高校2年の時、既にヤリマンだったスケ番数人に騎乗位で無理やり犯され、童貞卒業したあと、高校を出るまで「生ディルド」と呼ばれて、騎乗位専用セックスマシンにされました。
参加者全員を満足させないと、ペニスの根元にコックリングを嵌められて、強制勃起の刑に処せられ、延々と跨られました。
そんな私は、ペニスを苛めてくれそうなパートナーと出会えたのです。
一世一代の勇気を出して、妻に告白しました。
「私ね、男性を苛めたい性癖があるから、普通の人は無理なの。ごめんね。」
「どんなふうに苛めてくれるんですか?」
「えっ、何言ってるの。」
「もし付き合えたら、どこをどんなふうに、苛めてもらえるんですか。」
「ペニスとアナルを医療器具でイジメられるのよ。」
「お願いします・・・アナルの経験はありませんが、憧れます・・・」
初デートでいきなりラブホ、
「Мの素質があるか、溜めさせてね。」
と23歳の私は、28歳の妻に椅子にМ字開脚で縛られて、亀頭責めを受けました。
ストッキングにローションを垂らし、ひたすら亀頭を磨かれました。
シュッ、シュッ・・・シュリシュリ・・・我慢汁がダラダラ、
「イキたい?イキたいなら、私のおチンポ奴隷になると誓いなさい。」
「おチンポ奴隷になりますから、イカせて下さい・・・」
竿をシコシコされ、ビューービューービュビュビューーーーっと大量射精を倉科カナ似の小悪魔美人に見られた羞恥で、快感がマックスでした。
ところが、!!・・・射精し終えた亀頭を、ストッキングでシュリシュリシュリ~~、
「ぎえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~」
私は、手足をグーパーさ得ながら、初めて味わう射精後の亀頭責めに悶絶したのです。
そして扱かれて二度目の射精、亀頭責めで悶絶、また扱かれて三度目の射精、
「あぐあぐあぐぅぅぅぅぅ・・・」
「おチンポ奴隷になるから、イカせて下さいっていうから、イカせ続けてあげてるのよ。」
不敵に笑った妻は、5回目の射精を終えて、もう、勃起しなくなってるのにまだ亀頭責めをしていました。
すると、精液とは違う液体が、ピュルルルっと噴き出し、
「男潮噴いたわね。素質十分。マゾ確定。マゾ彼氏にしてあげる。」
と言われて、この日、続けてアナルを小さめのエネマグラという医療器具で解されました。
初めて味わうアナルの快感に、喘がされてしまいました。
こうして私は、妻のマゾ彼氏として、下半身を捧げたのです。
その後、妻には尿道調教とアナル調教という、二つの排泄器官を調教されました。
尿道は前立腺の内部快楽と、海綿体快楽があり、アナルは前立腺の外部快楽と括約筋快楽がありましたが、開発されるにつれ、どんどん妻に服従するようになり、完全に女王様でした。
尿道は、高校時代に綿棒を抜き差しされましたが、妻は、医療器具である尿道カテーテル、尿道ブジー、尿道プラグを完全消毒の上に遣使いました。
そのあたりは、さすがに看護師でした。
尿道ブジーで尿道拡張を受けつつ、アナルも拡張されました。
尿道ブジーは、かなりの快感が得られました。
細いブジーから始まり、やがて太いブジーが出し入れされるようになると、今までに無い快感がやってきました。
アナル拡張が進み、エネマグラが中型になった頃、アナルから入れられた中型エネマグラで前立腺を突かれ、チョロッと精液を漏らしてしまいました。
トコロテンの始まりでした。
妻に尿道を拡張調教され、球状カテーテルを深々と刺され、前立腺を直接刺激されて、ドライオーガズムにイキまくるようになりました。
アナルでは、太いエネマグラで完全拡張が終わり、その後、1.5インチの5連アナルボールである、パワーブールがアナルに入るまでになりました。
パワーボールは、入れられる時は苦痛ですが、ゆっくりと引き抜かれるとき、肛門で括約筋が最大限に広げられ、ニュルン!と出るとき、腸内のボールが一斉に動き、前立腺をヒットします。
すると、ピュッ!と瞬間的なトコロテン射精をするのです。
これに比べて、パワーボールより二回り小さい1インチの8連アナルボールの時は、入れられる苦痛は少ないのです。
ですが、8個全部入れられたあと、ズルズルズル~~っと一気に引き抜かれるので、強烈な快感に見舞われ身体がビクンと撥ねるほどですが、快感がすぐ終わってしまいます。
まあ、どっちもどっちですが、引き抜きを微妙に焦らされて、肛門が思い切り拡げられたままにされる恥辱と快感が長続きする、パワーボールの方が楽しめるかもしれません。
ここまで調教されると、妻なしでは生きられないし、妻も、私という性奴を手放したくなくて、私26歳、妻31歳で、専属性奴の結婚に至りました。
妻に尿道カテーテルで前立腺を責められ、ドライでイキ狂う姿を晒した後、アナルプラグを入れたままセックスして、毎晩抜かずの3発4発を搾り取られ、見事妊娠しました。
妊娠出産の間、尿道には尿道ブジーより太いけど、長さは短い尿道プラグで調教されました。
金属棒で、パイプのように中空で、前立腺までは届きませんが、挿入したまま射精が出来ます。
表面はボールのような球がたくさん連なった形状で、竿を握られて抜き差しされると、ボコボコした挿入感を味わえます。
また、挿入したまま扱かれると、内側からボコボコ刺激されて、あっという間に精液がこみ上げてしまいます。
結婚して2年目に、女児が誕生しました。
子供が1歳になるまで妻が育休を取っていましたが、子供が1歳になったら、妻より年収が低い私がレストランを辞めて、専業主夫になりました。
結婚して5年の今、アナルも尿道もガバガバな私は、妻の性奴として、男のシンボルを緊縛されて惨めに虐げられ、男のプライドを引き裂かれる快感に酔います。
尿道には尿道ローターや尿道バイブを入れられ、悶え狂う恥辱の姿を美しい妻に観賞され、快楽の極みへ昇華しています。
そして今、私は、この恥辱の姿をもっと大勢の女性に見て欲しい願望があります。
男性の象徴であるペニスを緊縛され、太いプラグを抜き差しされながら、アナルに入れられたパワーボールをゆっくり焦らされながら引き抜かれる・・・考えただけで勃起します。
でも、これは妻一人では無理なプレイですし、妻は、妻好みに仕上がった性奴の私を他の女王様に触らせたくないほど独占欲が強いのです。
それだけ、妻に愛されているということです。
だから私は、妻にもっと恥辱の姿を見せて、妻に歓んでもらえるよう、エスカレートするプレイについていくことにします。