昭和20年代前半の話。
怖いものが三つあった時代。親、先生、警察官がそれである。
白も黒もなく、親の言いつけには逆らえない。先生の言う事は絶対。
警察官をみると身体が震える時代でした。何も悪い事はしていなくても怖い存在であった。
悪戯をすると親からのお仕置きが日常茶飯事の時代。
よく庭の木に縛り付けられたものだ。折檻を加えて来る者はなにかと母親が多かった。
学校でも折檻は当たり前のように行われていた。そんな学校内での出来事である。
小学二年生だったある日の事。悪ガキだった私は教室の窓ガラスを割ってしまい説教をされていた。
担任の女の先生であった。子供の目には三十から四十歳位であっただろうか。怖い女教師であった。
素直に謝らない私の態度に業を煮やした先生の怒りを買って宿直室で折檻を受けたのでした。
手足を縛られての折檻でした。部屋の中に有った紐を探し出して繋ぎ止めた物で縛られたのでした。
子供心に紐の締め付ける強さに怖さを感じていました。忘れもしません、背中に回された両腕をひとつに括られたのでした。
小学二年生の私には強烈過ぎる経験でした。家で受ける折檻とは異なるものでした。
母親からの縛られ方は、手を前で縛るものでしたから、初めて後ろ手に縛られた事の緊張感と違和感に固まってしまった私でした。
怖さもありましたが、何故か恥ずかしさというものもあったことも記憶に残っています。
その日を境に、特に悪いこともしていないのに度々先生に呼び出されては、宿直室で縛られる日が続きました。
ある日の体育授業の時間の事でした。その日も宿直室で縛られて転がされていた私でした。
先生は体育服に着替える為に、私の目の前で着ていた服を脱いだのでした。スカートの中から現れた白い肌、大きなお尻が印象的でした。
それよりも、そのお尻を包み込んでいた光沢を放つ黒色の下着は、子私の私の目には妖しく映ったものでした。
我家の物干場に見る母親の下着は、決まって白い布の物でしたから。
その後、先生は転任して学校を離れて行きました。私が五年生になった春の事でした。
○○ちゃん、元気でね。と言って、私の目の前でスカートの内に手を入れて、穿いていた下着を脚から抜き取ったのでした。
はいこれ、先生だと思って大事にしてくれるかなー、と手渡されたのでした。宿直室で別れの時でした。
ランドセルに収めて家に持ち帰った私でした。その後うっかり取り出すことを忘れてしまっていた私なのでした。。
ランドセルの中の下着を母親が見つかってしまい、強く問い質されました。私は正直に答えたのでした。
母親は、他には何も無かったのかと執拗に迫ってきたので、宿直室で有った事の全てを話して聞かせたのでした。
母親は何も言わずに、深い溜め息と共に宙を見つめているだけでした。それっきりその事には触れて来ませんでした。
母親が何を思い、何を感じていたのかは私には分かりません。
そんな遠い遠い過去の出来事でした。現代では考えられない、そんな時代でした。