相手がMでもSでも、男に「抱かれたい」と言われるのは、女冥利に尽きるもの。
調教師を標榜していると、孤独な人から妻子のある人まで、私を口説いてくる。
昨年の納会で契約したカレも、その内の一人。
先日、一緒に温泉旅行へ行った帰り道で、カレに病気の事を打ち明けられた。
元気そうに見えたカレの身体の中には、命を脅かす病魔が宿っていて、来月から手術を含めた治療が始まる。
年上で、これまで多くのオンナ達を泣かせてきたSのカレが、
「恐い」
と年下の私に弱音を吐いた。
手術の事、治療の事、その後の事に怯える一人の男。
一昨年前に離婚した妻子に報告する前に、私に告白してくれた。
カレは、親の介護や子育てに忙しい元嫁に、病気を告げる事を躊躇っていた。
ガンを医師に宣告されたカレは、私に「抱かれたい」と思って、心を入れ換えた。
Sは「抱く側」であって、相手に「抱かれたい」と言うのは許されない。
離婚した後も、数多のオンナを抱いたカレは、それでも満たされない欲望を、私にぶつけてきた。
「抱いて欲しい」
Sの私とは、生涯縁の無い相手と思ってた人の告白に、心が揺れた。
オンナの前では威張ってばかりだったカレは、ぎこちなくMらしく服従してみせた。
ご褒美に抱いたら、カレの腕が痛いぐらい力強く、私を抱き締めてきた。
「恐いよ、怖いよ、」
大の大人が、不安を口にして、私に甘えてきた。
カレの涙や鼻水やヨダレで、私の胸はベタベタになったけど、私は怒らなかった。
ただ、完治する奇跡を祈って、私はカレを抱いた。
泣きたくなるほど気持ちは高まっていたけど、私は涙を見せなかった。
我慢した。
カレと別れて、一人になるまで、泣くのを我慢した。
我慢した分、溢れ出る涙は止まらなかった。
今にして思えば、オシッコも一緒。
一頻り泣いて、涙を出し切ったらスッキリした。
元嫁と、ヨリを戻すようにアドバイスしたりして、励ます言葉をメールにして送った。
カレからの返事は、感謝に溢れた言葉が綴られていた。
無事に退院して、元気になったら、カレを調教する約束も交わした。
カレも、それを喜んでくれた。
カレに与えた私の命令は、生きて再会する事。
私のS女人生の中で、最も重い命令になったけど、カレならきっと、私の命令を実行すると信じている。
それが私のプライド。
そう思いながら、カレの快復を私は祈る。