31歳の会社員です。
先日、東武東上線に乗っていたら、お腹の大きい女性が乗ってきました。
席を譲って顔を合わせたら、5年前に別れた4歳年下の元カノでした。
「あっ!ご無沙汰です・・・」
「久しぶりだね。結婚したんだね。俺も、1歳の子供がいるよ・・・」
私を見上げて微笑んだ元カノは、従順で大人しかったあの頃と変わらず、可愛い顔をしていました。
元カノと出会ったのは8年前、私が社会人1年生の23歳で元カノが19歳の短大1年生の時でした。
大人しそうな可愛い子で、あの手この手で口説き落とし、初々しい処女膜を引き裂きました。
セックスを経験したらとても従順になり、何でも言う事をきくようになりました。
短大2年になったとき、すっかりセックスの快楽を覚えて喘ぐようになった彼女の従順さに付け込んで、マゾプレイを始めました。
軽い緊縛凌辱プレイが、彼女が社会人になった頃には麻縄緊縛でハードな責めになっていました。
まだうら若き女の子が屈辱のM字開脚で性器露出を強いられて嬲られ、恥じらいに顔を赤らめながら膣奥深く汚辱されていました。
女体は淫虐に染め上げられて、恥辱凌辱を繰り返される快楽地獄に絶望の飛沫を噴きあげていました。
そして陰核に通されたピアス・・・彼女は、愛の証で通した性器ピアスでしたが、同時にそれは性奴の証でもありました。
私が彼女を愛した証を彼女の性器に刻みたかったのですが、彼女がそれを受け入れるほど私を愛していた証でもあるのです。
でも、脱衣所で母親に性器ピアスを見られて、
「そんな男と付き合ってはダメ!お父さんには黙っててあげるから、すぐ別れなさい。」
と言われ、彼女が母親同伴で私の前に現れ、キッパリと別れさせられたのが私26歳、彼女22歳の時でした。
「私、もうピアスはとっくに外したから・・・あれがあると、どうしてもあなたを思い出して辛いから・・・本当はあの時、お嫁さんにもらって欲しかった・・・さようなら・・・」
そう言って、彼女が電車を降りていきました。
その時、初めて気づきました。
彼女が母親同伴で私に別れを告げに来た理由・・・それは、あの時私に、彼女の母親に「娘さんを下さい!」と言ってほしかったのでした。
私はあの時、一方的に言われっぱなしで、母親に腕を掴まれて去っていく彼女をただ黙って見送ってしまいました。
正直、彼女と一緒に暮らしたら、普段は大人しく可愛いけれど、夜は淫らな被虐妻になったでしょう。
今の妻は真面目でお堅い女性で、可愛いと言うよりは凛々しい知的な美人さんです。
彼女とは全くタイプが違う女性と結婚した私は、従順な元カノと再会して、元カノとの結婚と言う選択肢に気付かなかった自分を責めました。
あれ以来、元カノと結婚していたら・・・と思うようになりました。