やがて兄貴達は、便璃はさておいて遙さん姉と楽しげに会話を始めた。無視とか諦めとかじゃなくて、この部屋の空気を楽しい空気に入れ替えることで、少しでも便璃が馴染めるようにとの配慮だろう。そこら辺は、流石イケメン兄貴の考えることだ。
遙さん姉に促され、便璃は居間にある小テーブルの近くで大人しく座っているだけになった。「いつまでも緊張しているようでは可哀そうだ」と思った俺は、本当になんの下心もなく、テーブルを挟んで便璃に話しかけてみた。兄貴達がダメだったものが俺でうまくいく訳ないとも思ったが、その時の俺は「イケメンの兄貴には無理でも、元ネクラの俺には心を開いてくれるかも・・・!」とか、根拠のない自信に満ち溢れていた。
「何読んでるの?」
何の本だったかは忘れたし、俺も何の本かは興味なかった。ただ、便璃がテーブルを使わずに、座布団の上で内股気味に正座し、長い髪をダランと落として床に広げた本を読むという姿が気になって、とりあえずそう話しかけてみた。
「……」
便璃は答える代わりに、顔を上げてこっちをじっと見つめ返し……たりはせず、恥ずかしそうに肩を強張らせるだけだった。多分この時、俺に話しかけられたせいで本の内容頭に入っていなかったんじゃないかな。
「本、テーブルで読まないの?」
俺が笑いながらそう言うと、落ち着いたようにも慌てたようにも見える動きで、本をテーブルの上に置く瑠璃。
「髪綺麗だね。メンテナンス大変じゃない?」
滝のようにしっとりと床に落ちる黒髪。動くたびに一本一本が複雑な動きを作りながらも、やがて全ての髪があるべき場所に収束する。チャン・ツィイーも顔負けの、見事な美人髪だった。これだけは絶対褒めておかなければいけないと思い、早速髪のことに触れる俺。
「そ、そんなことは、ないです……」
はにかむように、そう答える便璃。分かる分かる。褒められた時って、なぜか反射的に否定の言葉が出てくるよな。
しかしながら、そのキュートなほっぺたは正直だったようだ。徐々に紅くなる頬を見て「これは喜んでもらえている」と思った俺は、髪の話題を切り口に、徐々に会話を広げていった。
まぁ、その時の会話をみなまで書くことはしないけど、その会話で俺は、便璃の年齢、学校での生活、好きな物(大雑把に)、家族構成(一人っ子)、どこに住んでいるかなどを知った。
で、何に驚いたかって、俺と便璃が割と近い場所に住んでいるということだった。
続きます。
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