SMプレイは特殊な変態行為でありますが、行為そのものよりも、メンタル面が重要な鍵だと思います。
調教躾による主従関係、加虐性・自虐性、背徳感、羞恥感、非日常世界への憧憬…等、様々な精神的な揺らぎや願望が、変態行為により解放されて、苦痛や恥辱が快楽へと昇華されるようです。
鞭や蝋燭、三角木馬、緊縛など、本来は苦悶にしかなり得ない行為も、その苦痛に絶えたご褒美の快感責めを得ることにより(飴と鞭)、脳と肉体が学習(調教躾)し快感を覚えるようになり、また、被虐を受容する自分自身の変態性に興奮を覚えたりします。
拘束されてのM字開脚や剃毛、放尿や浣腸排泄などの恥辱責めにしても、行為そのものは他人に絶対見せたくない姿でありますが、その羞恥の極みを晒し辱しめられる被虐を味わうことにより、屈辱と恥辱の興奮と快楽を覚えていくようになる。確かに浣腸は苦悶もありますが、その後の排泄というあまりにも非日常的な恥辱が興奮と快感へと繋がると考えられますし、我慢の限界まで耐え、放出する際の解放感は恥辱の恍惚感の解放とも言えるのではないでしょうか。
勿論、感受性が大きく左右するので、苦痛や羞恥が悦びになるか、ならないかは個人により異なりますが。
そういう意味で、SMはメンタルによる影響力が高いと考えられます。
長々と語らせて頂きましたが、興味を持たれたならば、メッセージでお話し出来れば良いかと思います。
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