ママが入院する病室に真新しいランドセルを背負って嬉しそうに見せに行った時、娘はその命がもうすぐ絶えてしまうことを知りませんでした。
入学式に一緒に行けるよねと言う娘の言葉に妻と私は涙を堪える事がてきなかった。
その時期までにはまだ随分と日にちはあったけれど、せめてランドセルを背負った娘の姿を見せたくて買いに行きました。
何も知らない娘は嬉しそうに色とりどりにたくさん並ぶランドセルを見てはしゃいでいたものです。
ママがいなくなってしまったことを受け入れる事ができずに我儘を言ったり、暴れたりしたとき、泣いて荒れる娘を私も泣きながら抱きしめることしかできなかったものてす。
そんな娘は今でも母親への慕情は色褪せずに、いえ、日増にそれは強くさえなっているように思います。
一方で、パパが慣れない子育てを必死に自分のために全てを捨てて頑張って来たことも知っていてくれています。
12歳の子供でも置かれた環境でこんなにも早く大人になるものかと感心しします。
パパがママへの愛を忘れてほしくなくて、パパにママの代わりを自分が務めるのだと言う想いが、彼女にとっては夫婦の営み、つまり性行為をパパに提供する事なのだと思います。
もちろんそれはセックスの快楽を覚えてしまったのも一因ではあるでしょう。
娘のママへ、そしてパパへのそんな想いと性的な肉の喜びを満たしてあげる事が今の私にとって最高の喜びなのです。
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