感想、ご質問ありがとうございます。
前彼女さんも、痴漢体験者さんだったんですね。
3年間となると、私と同じく、心を許していた部分があると思います。
すごく身に危険を感じた時は、「大きな危害」が無いと判断すると、消去法を自ずと選択して、「このくらいなら」「一時我慢すれば」と安易に自分のバーを下げてしまうと思います。
そこで、自分の中の変化に気づかされた時に、痴漢体験者の別れる分岐点になり、快楽を受け入れるか、恥じらいから拒絶してしまうかだと思います。
私や前彼女さんは前者の方だと思います。
現実とかけ離れた公共の場での行為は、されている方も罪悪感があり、その罪悪感や羞恥心と快楽が合わさった時に、非現実的なその一時の時間が忘れられなくなります。
若い時なら余計に流されるだろうと、今更ですが自己分析してます。
流石に電車内でのエッチはしませんでしたが、高校の時(中学より遠方)の時に、何度か最寄り駅とは違う、乗降者が少ない駅のトイレに連れてかれてされた事があります。
同じ人はトイレとホテル、違う人にはトイレでされました。
見た目から大人しそうだったのもあってか、手を引っ張られ強引に下ろされて昔の鍵付きの多目的トイレで半ば強引にされた経験があります。
何故か朝では無く、すべて帰りだったのは、振り返ってみたら、遠方というのもあり、帰りが調度仕事終わりのラッシュアワーや、当時学級委員だったので、帰りが遅くなると酔ったサラリーマンと出くわす時間帯だったので、そういうものあるのかと思います。
また、朝の痴漢さん(中学生当時とは違う人で複数人いました)に毎日痴漢されていて、柄にもなく大人びた下着をお小遣いで買い、背伸びした少しエッチな下着を身に着けて行ったり、冬服やアウターを着る時期は、ブラを駅のトイレで外して、ノーブラで電車に乗って、痴漢さんに触ってもらっていたこともあり、エスカレートしたことが、帰りの行為を招いてしまった事もあると思います。
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