キムラさんの車はやはり空色のラパンだった。
よほど空色が好きなのだろう、服が空色でないのが不思議なほどだ。
それにしても、いい歳なのに、スカートの短さがかなり気になった。
アクセルとブレーキ操作で足が動くと、スカートの裾がわずかにズリ上がる。
このスカートは下着を隠すハンカチ程度の役割にしか感じられなかった。
僕は股間にムズムズしたものを感じて、なるべく下の方は見ないようにした。
いつもは熟れた大人の下半身など、見たいとも思わず、見えても「悪いモノを見た」と萎えてしまうことの方が多いのに、十分に熟し柿状態のキムラさんにムズムズするのが不思議だった。
何とか気持ちを落ち着けて、横にあるキムラさんの顔を眺めた。
長い年月が、弛みとシワを与えてはいるが、化粧っ気が少ないのが好感が持てた。
なにより、眉がナチュラルなのがよかった。
小中学生好きの僕にとって、眉を剃ったり整えたりするのは典型的なオバハンを意味する最も嫌いなメイクだったからだ。
純粋可憐な少女は眉に手を入れたりしない(もちろん妄想だが)。
僕のチンコはそんなところにでも反応したんだろうか。
久しぶりに会った印象は、まあ、悪くはなかったが、この歳でドキドキ感を与えられるとは思わなかった。
ひとまず、僕たちの会話は、当たり障りのない世間話から入っていった。
今までどんな人生を歩いてきたかは、いきなりは重くて聞けなかった。
仕事も、家族のことも。表札が松田になっていたことも。
未婚か既婚か結婚歴など、あるいは子供の有無も、本当なら最初に確認すべきことなのかもしれない。
「どこか、行ってみる? この辺だと有名な鍾乳洞とかもあるけど?」
のどかな景色の農道から、賑やかな商業施設の並ぶ国道に出て、信号待ちの間、キムラさんがこちらに顔を向けて首を傾げた。
「久しぶりやし、ゆっくり話もしたいしなあ」
いきなり観光地っていう気分でもなかった。
「そうやねえ……」
キムラさんは、頭の中で観光マップを広げているんだろう。
「さっき、こっちの方にゆっくりできる場所もあるって、お母さん言ってなかった?」
「あ、ああ…… 行ってみる?」
せっかくなら、どこか、落ち着いた景色の良い場所で、すがすがしい気持ちで話したい。
「うん、そうしようよ」
そこから、キムラさんは10分ほど、やけに慎重に車を走らせた。
そして、遠方に見えた一枚の看板を指さした。
「あれやけど……」
「えっ」
ラブホテルの案内の看板だった。それもいかにもっぽい名称の。
「あの、もう少し先に、わりときれいな建物のところもあるよ」
ひょとしてお母ちゃんはキムラさんにラブホテルでくつろぐようにとアドバイスしていたのか?
お母ちゃんに聞いてみたいもんだ。
「じゃあ…… そっちのほうにしようか?」
危うく「そっちのほうでしようか?」と言いそうになった。
自分がどういう目的できたのか、考えがまとまっていないので、もうお任せするしかない。
お城のような派手な造りの建物の前を通り過ぎ、さらに先に進んで、ペンション風の明るい雰囲気のホテルの駐車場に、キムラさんは車を滑り込ませた。
車を降りて建物に入ると、パネルで部屋を選ぶシステムだった。
土曜日の昼間だが、結構埋まっている。
「えっと、どこがいい?」
「じゃあ、ここ?」
分からないので、明るめの部屋を選んだ。
部屋はエアコンが効いていて、快適だったが、背中には汗をかいている。
キムラさんも、額が汗ばんでいる。
赤い顔で恥ずかしそうに笑った。
ばたばたと勢いできてしまったが、よく考えると、再会してまだ1時間も経っていない。
まるで、出会い系の待ち合わせの流れのようだ。
キムラさんは珍しそうにきょろきょろと部屋の中を探検し始めた。
大きなベッド、開放的すぎるバスルーム、広く防水性のいいソファ。
一廻りしてソファにバッグを置くと、キムラさんはベッドの端に腰掛けた。
「わたし、こんなとこ初めて」
つぶやくような、ちょっと緊張した声だった。
堂々とホテルに入ったので、場慣れしてるのかと思ったが意外だった。
ベッドに座って壁や天井に首を巡らしているキムラさんを改めて見た。
薄いベージュのブラウスに、それに合わせたスカート。
歩きやすいようにか、足元はスニーカーだ。
落ち着きたかったのだろう、スニーカーと靴下を脱ぐと、脱いだ靴下をスニーカーに突っ込んで、ベッドの脇に押しやった。
その姿を見ていて、何かを思い出しかけた。
僕が腕を組んで自分の方を見つめていることに気がついて、キムラさんが立ち上がった。
「ヤスオカくん、覚えてる?」
キムラさんが両手を広げてくるっと回って見せた。仕草だけはアイドル並みに可愛い。
短いフレアのスカートの裾が広がって、太腿のかなり上までが目に入ってきた。
「あぁ」
あの日、僕の家を訪ねてきた時の格好だ。
もちろん同じ服じゃないだろうが、当時の雰囲気そのままだ。
それで、靴下にスニーカーという格好だったのかと、合点がいった。
当時のままなら当然脚もストッキングを履いていない生脚だ。
僕は上着を脱いでネクタイを外しソファに掛けると、キムラさんの前に向かった。
キムラさんも、僕も、十分過ぎるほど大人だ。
そういうことだろう。
ここはそういうための場所だ。
あとは、僕のが大人の女(キムラさん)で役に立つかどうかだ。
キムラさんの腰に手を回そうとした時、キムラさんは後ろに倒れるようにベッドに腰掛けた。
そして、自分の座った右隣を、
「ヤスオカくん、ここ、ここ」と手で叩いた。
僕が隣に座ると、キムラさんが少しくっついて、僅かに肩が触れる距離になった。
中学一年の時の、あの甘酸っぱい記憶が甦る。
「あの、ヤスオカくん」
「なに?」
「会いに来てくれてありがとう」
「ああ」
ただ逢いたかったのか、あわよくば深い関係を望んでいたのか、どっちだろう。
「わたし、すごく嬉しかった」
そういうときのキムラさんは満面の笑顔だ。
「僕も、逢えてよかった」
それは本当の気持ちだった。
「わたし、すっかりおばさんなっちゃった……」
お互い様だ、僕の髪も量がめっきり減っていた。
「そんなことないよ。キムラさんいまでも可愛いって」
確かにおばさんにはなっているが、あの頃よりも随分と明るくなったような気がする。
「うそ。あの頃、可愛いなんて思ってなかったくせに……」
キムラさんは僕の隣ですねたように唇を尖らせた。
「キムラさん……」
なだめるつもりで背中に手を回した。
「ヤスオカくん」
キムラさんが僕の顔を見つめる。
すぐ近くにきれいな二重瞼があった。
目があって、キムラさんはきゅっと瞼を閉じた。
僕は、キムラさんの肩を抱いて、唇を重ねた。
キムラさんの体は熱く微かに震えていた。
やがて、お互いに舌を絡ませ、むさぼるようにキスを続けた。
キムラさんは、ボロボロと涙を流し、鼻をすすりながらのキスだ。
そのうちに、僕の口の中にもキムラさんの鼻水が流れ込んできて、塩っぱいキスとなった。
キムラさんは、こらえきれなくなって、唇を離すと、両手で顔を覆って大声で泣き出した。
僕はキムラさんの体を抱いて、優しく背中をさすった。
「ごめん、キムラさん。会いに来るの、遅なってごめん」
「ほんまや。ほんまや。ヤスオカくんのあほぉ」
僕は、キムラさんの悲しみが消えるまで、何年でも背中を撫でてやりたいと思った。
しばらくして、キムラさんはようやく落ち着いてきた。
あの時は、キムラさんの両親が離婚することになり、母親と一緒にこちらに帰ることが決まって、矢も楯もたまらず、僕の家を訪ねてきたらしい。
精一杯のオシャレをして。
「わたし、あの頃どんな子やと思ってた?」
「文学少女?」
「やっぱりそうかぁ」
「違うんか?」
「あんな、わたしな、ホンマはエッチなことばっかり妄想しててん」
キムラさんが恥ずかしそうに小声になった。
「ヤスオカくんと、キスしたり、……んんしたり、色々…… そんなことばっかり…… へへ」
恥ずかしそうに笑う。
「それは…… その頃は僕もそうやったよ」
「ヤスオカくんも一人でヨシヨシってしてたん?」
「キムラさんがそんなこと言うって、意外やなぁ」
「お嫌いですか?」
「お好きです~」
「私ら歳、分かるわ」
僕らは声を出して笑った。これぐらいの方が肩が凝らない。
あの頃のキムラさんは、やっぱり僕なんかより数倍も大人だったんだろう。
「わたしね、ヤスオカくんの家に行ったでしょ? でも、思い出作りとは違うかったんよ」
「じゃあ、なんで?」
「子作り」
「えっ」
「赤ちゃんできたら、別れんで済むかなって、真剣に思ってん」
僕は、返事ができなかった。
あのとき、結ばれていたら、どんな人生だったんだろうか。
やっぱり恐るべしキムラさんだ。
「ビックリした?」
「したした」
僕はカクカク頷いた。
「ごめんね」
キムラさんは何を謝ったんだろう。
「あんとき、僕がもう少ししっかり突っ込んだらよかったんかな?」
キムラさんは首を振った。
「ヤスオカくんのすごい勢いやって、十分中まで届いてた。おうち帰ってからもじわっと出てきたし……」
「それやったら、なおさらちゃんとやっときたかったなぁ」
僕が残念そうに笑うと、キムラさんは頬を膨らませた。
「でも、すごい痛かってんよ。たぶん、入ったら死んでたと思う」
「オーバーやなぁ」
僕はキムラさんの頭を撫でた。
髪の根元がうっすらと白くなっているのが見える。
明日、美容院に行く予定って言ってたっけ。
「きっとヤスオカくんのおちんちん、大きすぎたんやわ」
「そんなことないよ」
実際そうだ。どちらかと言えば僕のは控えめなサイズだと思う。
「大丈夫かなぁ」
キムラさんは溜息を漏らした。
「心配いらんて」
そう言いながら、もう、することが規定路線になっているのが不思議な感覚だった。
「でも、反対におばさんなって、すっごいユルユルになってたらどうする?」
それは、いままでのキムラさんの経験次第だと思う。
「僕のが小っちゃすぎてガッカリするかもしれへんで」
笑いながら、僕のが役に立たなくてガッカリするかもしれない、とも思った。
「そんなことないよ」
キムラさんが唇を押しつけてきた。
僕も、舌を絡めて返した。
ゆっくりと倒れ込むように、キムラさんを抱きしめながらベッドに横になった。
いまの気持ちは、ただただ、キムラさんと結ばれたい。
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