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2020/08/19 15:31:32
(RSMwk1a6)
「あおさんですか?」
金曜日の夜。
駅構内の片隅で、ふと呼び掛けるその声に僕はビクリと身を震わせて、慌てて振り向く。
振り向いた視線の先には、小さな体躯を更に縮めた少女が立っていて、伏し目がちに俯きながらこちらを窺っている。
少し茶色がかったミディアムボブ。
ボリューム袖の薄いベージュのブラウスに、ネイビーのフレアスカート。
足元の黒いパンプスには、小さなリボンのチャーム。
俯いた顔はよく見えないが、唇の薄いピンクが可愛らしい。
僕は、事前にやり取りしたプロフィールを思い出しながら少し困惑する。
プロフィールから想像していた彼女が、目の前の少女とかけ離れていたからだ。
「えっと…あの…●●さんです?か?」
思わず声が上擦る。
彼女は一瞬顔を上げた。
直ぐに元通り俯いてしまうが、一瞬見えたその表情は喜んでいる様に見えた。
「そうです。●●です。良かったぁ」
胸に溜め込んだ空気を押し出す様にして、一息に話すと黙ってしまう。
髪から覗いた左耳のシンプルなピアスが、赤くなった耳朶に映える。
と、そんな事を考えている場合ではないと思い直して言葉を継ぐ。
「あの…失礼ですが。御本人ですか?聞いていた感じよりかなり若い様に見えるのですが…」
そう。
150前後だろうか?
低身長に華奢な手足。
シンプルで清潔感のある服装。
彼女はあまりにも若く、と言うよりも幼くさえ見えるのだ。
それこそ未だ少女と呼ぶべき年齢に。
「すみません。よく言われるんです」
「でも本当に25なんです。嫌で…ダメですか?」
悲しそうに、いかにも申し訳ないという様に
そう言う彼女に、罪悪感に似た感情が湧き上がる。
「いやいや、そういうダメとかじゃなくて…」
「というより、僕の方こそダメじゃないですか?無駄にデカいしオジサンですし、もし嫌だったら言っていただければ…」
「ダメじゃない!…です」
慌てて早口に捲し立てる僕の言葉を遮ってそう言うと、彼女は初めて顔をちゃんと上げ、僕の目を見ながら続ける。
「聞いていた通りの感じですし、画像も貰ったのでイメージ通りです。だから嫌とかダメとか全然無いです」
はっきりと落ち着いたトーンで話す彼女に、思わず見蕩れてしまった。
駅の地下街を歩く。
10分程歩いて地上へ出て、繁華街へと向かう。
とりあえずお互いに第一印象で嫌という事では無いと確認した後、軽く食事でもしながら話しをという事になったのである。
天気やら、仕事やらそんな会話を途切れ途切れにしながらの道中を乗り越え、居酒屋入口での年齢確認を経て、漸く席に着く。
ビールに、肴が揃ったところで改めて自己紹介をし、ささやかな乾杯。
中ジョッキを一息に飲み干した所で、彼女が徐に切り出す。
「あおさんの投稿見た時に、『あれ?私、書き込みしたっけ?』って思ったんです」
何故だかとても嬉しそうに彼女は続ける。
「なんかもう、私の頭の中がそのまま流れ出ちゃってるんじゃないか?とか、無意識で書き込みしたんじゃないか?とか」
「それ位、私の考えてた事というか、…妄想?そのものが投稿されてて」
「これはもうメールするしか無いって思ったんです」
ビールで口を湿らせながら言う。
そう。
僕と彼女の出会いはネットの掲示板なのだ。
それもアダルトな内容の、少しばかりマニアックな嗜好のそれである。
2杯目を注文してから、店員が去るのを待って僕は言う。
「ウェット&メッシーの掲示板で、しかも妄想垂れ流しの投稿にメールが来るとは、僕もビックリです」
はにかむ様に笑って肯く彼女を見ながら続ける。
「実際にそういった御経験はあるんですか?」
僕の質問に、ハッと我に返った表情で答える。
「いやいやいや、無いです。無いですよぅ。妄想してるだけで。そういうの中々人に言えないじゃないですか」
「まぁそうですね」
自嘲気味に笑いながら相槌を打つ。
「でも、初めから同じ趣味だって分かってて、しかも妄想内容もほぼ一緒。これはもうお話するしかないです。運命的な何かです」
1杯目にして酔ったのか、興が乗ったのか。
彼女は実に流暢に話す。
「逆にあおさんは?私より大人だし、そういう経験あるんじゃないですか?」
「残念ながら。●●さんと同じで中々嗜好を共有出来る方と出会うのは難しくてですね。そんな訳で日々ネットで妄想を垂れ流してるんですよ」
興味津々といった風に目を輝かせる彼女にそう答えると、彼女は少し残念そうな顔をする。
「まぁ今日は数少ない同じ嗜好を共有出来る同志として、普段出来ない話しをたくさんしましょう」
彼女は気を取り直してそう言うと、レモンサワーを注文した。
妄想と願望に塗れた会話をしながら、小一時間程過ぎた頃。
それまでコロコロと笑いながら話していた彼女が、急に真顔になりテーブルの向かいから顔を寄せて来た。
僕は疑問符を顔に浮かべながら、同じく顔を寄せる。
「何か…聞かれてないです?」
囁く様な小声でそう聞く彼女に、疑問符顔を返す。
「さっきから周りに私達の話を聞かれてる気がします」
ざわめく周囲に耳を傾けるが、そんな気配を感じ取る事は出来なかった。
「気のせいじゃないですかね」
そう答えるが早いか、彼女が言う。
「絶対聞かれてます。私の後ろの席とか絶対。どこか他の場所ではなしませんか?」
上目遣いで答えを待つ彼女に、少しドキリとしながら言う。
「…カラオケとか?」
「違います!ホテルに行きませんか?って言ってます」
囁き声で、しかし、はっきりとそう言う彼女に、僕は感嘆符を顔に張り付けて固まるのが精一杯の反応だった。
居酒屋を出て、通りを西に歩く。
路地裏を通り、立体駐車場の前を過ぎ、交差点の角にある小洒落たブティックホテルに入る。
時は金曜日の夜である。
駅や、繁華街の周辺はどこも満室に違いない。
そんな予想に反して、フロントのパネルにはいくつかの空室が光っていた。
お互いにやや緊張した顔を見合わせて、言葉を交わさないまま彼女が503のボタンを押す。
顔の見えない小窓から鍵を受け取り、フロント前のアメニティを選んでからエレベーターに乗る。
階数表示を見上げながら、二人ほぼ同時に大きく息を吐く。
顔を見合わせてクスリと笑う。
間を埋めるように「奇遇ですね」と僕が呟くと、彼女は声を上げて笑う。
同時にエレベーターの扉が開く。
エレベーターを降り、案内に従って突き当たりを右へ曲がり奥の503号室へ。
その間も彼女は声を必死に堪えて笑っている。
カードキーで解錠して室内に入るなり、大声を上げて彼女が笑う。
「き、き、『奇遇ですね』だって」
あははと大声で笑いながら、クルクルと回転しつつ部屋の奥に進み、ベッドに大きく倒れ込む。
天井を見ながら、まだ尾を引く笑いを何とか抑え込んで、大きく短く息を吐き、その姿を呆然と見詰める僕に彼女は言う。
「何だかあおさんの事、好きになれそうです」