桜の盛りも過ぎ、名残の花びらが一風ごとに舞う新緑の葉も眩しいこの短い一時が好きだ。
朝から今までスカイラインを何度も流して楽しんだが、流石に空腹には耐えられず山を降りて来た。
11時を少し回っている。
喫茶店でランチでもと思ったが、重装備のこの姿で入店するのは気恥ずかしかった。
コンビニでサンドイッチとコーヒーを買い、さっき見つけた公園で食べる事にした。
入口の車止めまでバイクを突っ込み、すぐ横のベンチで食べる事にした。
ここの公園の桜も半分以上の花びらが散り、残った花びらも風が吹く度、別れを惜しむ様にヒラヒラと舞い風下に流れて行く。
誰もいない公園は、時折通り過ぎる車の音とインラインフォーのエンジンが冷えていくチンチンというかすかな音だけ。
一つ目のサンドイッチを食べ終わった時、反対側の入口からジャージ姿の学生らしき人が歩いて来るのに気がついた。
男の子?女の子?…、髪形はショートで男の子みたいだが、体つきは華奢で女の子の様にも見える。
余り見ているのも失礼と思い、視線を落とし食事を続ける事にした。
砂を踏む足音が段々と近づいて来る。
すぐ横まで来た事は足音で分かった。
不意に「こんにちは」と若い女の子の声。
思わず顔上げ横を見る。
まだ春だというのに、良く日焼けしたスレンダーな少女が立っていた。
「アァ、こんにちは」、私は慌てて挨拶を返した。
手には大きなスポーツバッグを持っている。
小麦色の肌と白い歯が印象的だ。
「あれ、おじさんのバイク?」
おじさん?…まだ32なんだけど…心の中で言ってみるものの、この子から見れば充分おじさんかと思い直した。
「そうだよ」
「ちょっと見て良い?」
「どうぞ、まだエンジンとマフラー熱いから気をつけてね」
いったいこの子は何歳なんだろう?
高校生にしては少し幼くも見える。
彼女がバイクを見ている間に残りのサンドイッチをコーヒーで流し込んだ。
「おじさん、このバイクバリ伝のグンのと一緒?」
私は思わず笑ってしまった。
「よくそんな昔のマンガ知ってるな。まぁ同じと言えば同じだけと、排気量がちょっと違うかな」
「お兄ちゃんもバイク好きでマンガ持ってたから、私も全巻読んだんだ。…あっ分かったこれ900だ~!」
「正解」
少女は屈託無い笑顔を私に投げ掛ける。
「おじさん、そこに座っても良い?」
「どうぞ」私は、お尻一個分横に移動して、彼女のスペースを確保した。
彼女は横に腰掛けるとバイクについて色々と質問してくる。
その話の中で彼女の事も少し判ってきた。
高校に入学したばかりの新一年生で、8月に16歳になるので夏休み中に免許を取ろうと考えてる事。
今日は、朝から友達と喧嘩になって、お腹が痛いと言って早退してきたことなどを話してくれた。
「おじさんこそ、平日なのに仕事は?」
「僕は火・水曜日が休みなの、そのかわり土・日は仕事」
「へぇそうなんだ、だったらこの後暇?」
「まぁ予定は無いけど」
「だったらバイクで何処か連れてって。」
「家すぐそこだから着替えてメット取って来るから待っててね!」
私の返事も聞かず、彼女は走りだしました。
路地の角で振り向くと「5分…10分で戻るからね」
大きな声で私に念を押すと、塀の向こうに消えてしまいました。
タバコに火を着けこれからの事を考えます。
このまま逃げようかとも思いましたが、別れた妻の事をふと思い出した。
妻は高校の同級生で一年生から付き合い始め、同じ大学に進学し就職して一年で結婚したものの互いに仕事に追われ、ただの同居人として三年間暮らしただけだった。
休みが違ったのも大きな原因だったかもしれません。
妻の方から別れて欲しいと言われサインしてからもう五年になる。
付き合い始めた頃、私のバイクの後ろに乗るのが好きで、会う度に何処か行こうとせがまれた事を思いだした。
タバコを二本吸い終った頃、ヘルメットを抱えた彼女が、走って戻って来た。
額にうっすらと汗をかき、息をきらせ笑顔で私を見上げます。
ジーンズにスニーカー、赤いジャケット。
ショートヘアーの彼女は、遠目には少年に見えるだろう。
何処に行きたいか尋ねると、スカイラインの上にある展望台に行きたいと言う。
エンジンをかけ彼女を乗せると、しっかりとつかまる様に言い握る所を教えた。
「大丈夫、お兄ちゃんに何度も乗せてもらったから」
了解と頷きヘルメットのシールドを降ろし、静かに走りだした。
午前中何度も走った道を再び戻る。
20分程で展望台駐車場に着いた。
「もっと飛ばしても平気だよ」
「生意気言うな、もし事故ったら大変だろ」
「そうだね、…お腹空いたから家からパン持ってきちゃった」
展望台まではここから10分程歩かなければならない。
休日だけ開く売店の自販機で飲み物を買って、二人並んで歩き始めた。
「そう言えば名前聞いてなかったな」
「私?由香、おじさんは?」
パンをかじりなから答える。
「隆弘」
「じゃターくん」
「なんだそれ、じゃ由香ちゃんはユーちゃんかな」
「それで良いよ」
最後にきつい坂を昇りきると、眼下に海が広がる展望台だ。
「う~ん、気持ち良い海が綺麗」
東屋のコンクリートのベンチに座り、しばらく景色を楽しんだ。
「ねぇターくん、結婚してるの?」
やっぱりターくんか、おじさんの方がましかなと思ったが、気にするそぶりもみせず「前はね」と答えると
「バツ1へぇ~!」
「今更だけど、ターくん何歳?」
「サンジュウ、ニ」
「え~27・8かと思ってた、若く見えるよ」
おいおい若く見えてて、おじさんかよと思いましたが、スルーしました。
それから由香は一人で話続けるので聞き役に徹した。
学校の事、家族の事(ちょっと複雑かな)……
「ところで今朝、なんで友達と喧嘩したの」
由香の顔色が急に変わった。
「言いたくなかったら話さなくて良いよ」
膝を抱え暫く無言でいた由香でしたが、うな垂れてイヤイヤという様に頭を振り、
「男の子って勝手で嘘つきだし、友達だと思ってた女の子も私より他人の話を信じるんだもん。みんな嫌いだ!」
泣いているのか鼻を啜る音が聞こえた。
話を聞くと、テニス部の中学の先輩(彼を慕って同じ高校に進学したとの事)に告白したところ、人気の無い校舎裏に連れていかれキスされたらしい。
そこまでは良かったのだが、嬉しさで舞い上がっていると彼の手が胸をまさぐり始め、もう一方の手をスコートに差し込み「やらせろよ」と耳元で囁かれ、我慢できず彼を突き飛ばして逃げてしまったらしい。
運悪くそれを彼の友達が見ていたのだが…。
彼は、ばつが悪かったのか由香から抱いてくれと言い寄ってキスしてきた。
胸を揉んだらペチャパイの癖にハァハァ言いながら興奮するから、キモくなって断ったと友達に説明したらしい。
その話を今朝友達から聞いて、違うと説明したが信じてもらえなかったと言うのだ。
由香の友達もその先輩に憧れていたから、抜け駆けして告白した私も悪いかもしれないけど、友達から絶交と言われ、学校に居たくなくて早退したのだと話してくれた。
余りにも幼い悩みにどう答えて良いか分からず、
「暫くしたらみんな忘れるよ、嘘はそのうちばれるから」
「由香にそんな事やってる様じゃ他でもやってるだろうから、たぶんその先輩評判悪いと思うよ、友達もそのうち分かってくれるって」
「そうかな?」
由香は体を傾け私にもたれかかってきた。
シャンプーか石鹸の香りでだろうか、いい匂いが鼻孔を擽る。
「ターくん優しいね」
「大人をからかうな」
由香に笑顔が戻っていた。
「ねぇ男の人ってペチャパイは嫌いなの?」
「何言ってんだ、人それぞれさ」
「ターくんは?」
「だから大人をからかうな」
由香は私の手を取ると、開けたジャケットの隙間に導き自分の胸に押し当てた。
「私のオッパイやっぱり小さいかな?」
掌に幼い膨らみを感じた。
「何してんだ、まだ高一だろ、そのうち大きくなるさ」
慌てて手を引きく。
「初めてのキスはターくんが良かったな」
「なんだって?」
由香の方へ振り向くと、そこに由香の顔があった。
目を閉じた由香の唇が私の唇に重なった。
すぐに唇を離し「ターくんのエッチ」と、悪戯っ子の様な目で笑います。
「おいおいいい加減にしないと怒るぞ」
内心はいい歳をしてドキドキしてた。
「でも今言ったのは本当だよ」
由香の頭を軽く小突くと、「そろそろ帰るぞ」と声をかけた。
駐車場までの道程をじゃれてくる由香をかわしながら下りた。
出会った公園まで戻ると、別れ際連絡先を教えてくれと言うので自宅の電話番号を教え事にした。
その時は、少女の気まぐれ程度に考えていたのだが。
「絶対連絡するからね」
手を降る由香に見送られ公園を後にした。