人からは、冷たいとよく言われる。
自分ではそうは思わないが、実のお袋でさえ、お前は冷たいね、と口癖のように言う。
あの人が、人のことなど言えたものか。
親父が胃ガンで入院したのは、去年の夏のことだ。
病床につくようになってからは、瞬く間に痩せ細り、今では人工呼吸器を使わなければ、自発呼吸をすることさえ、ままならないまでになっている。
そんな親父の看病をするために、お袋は毎日病院へと通っている。
どうせ近くに住んでいるのなら、ひとり暮らしなどやめて、さっさと実家へ帰って来いと、事あることに言ってきたのは、寂しさもあったのだろうが、ここに来て、いよいよお荷物の存在が目障りになってきたからだろう。
突然、若い女が我が家にやってきたのは、3年前のことだ。
「お宅の御主人の子です。これ以上育てられないので、こちらで預かってください。」
それだけを言って、彼女は、まだ小さな女の子を置いていった。
半信半疑だったが、親父を問い詰め、その子が浮気の果てに生まれた種だと確かめて、お袋が烈火のごとく怒ったのは言うまでもない。
捨てるわけにもいかず、なし崩しに育てる羽目になったのだが、お袋がそれを気に入るはずがなかった。
「まったく恥ずかしいったら、ありゃしない!」
たったそれだけを理由に、お袋は、置いていかれた娘を外にも出さず、ずっと部屋の中に閉じこめた。
学校へも行かせず、その存在さえ消し去ろうとした。
何かと理由を付けては飯を抜き、血の繋がらない娘をいびっては、溜飲を下げる妻を、親父はどんな思いで眺めていたことだろう。
老いてできた子供だっただけに可愛がっていた。
年端もいかない娘への愛情と、お袋の陰湿な虐めの板挟みにあって、親父は心労を重ねていった。
俺から言わせれば、親父が倒れたのも、このお袋に原因があったと言わざるを得ない。
親父は、会社に行っている間に、血を吐いて倒れた。
ずっと、調子が悪かったのを、娘を思うがゆえに、お袋に言えず我慢していたのだ。
気がついたときには、もう手の施しようがないほどにガンは進行していた。
呆気ないほど親父は一生を閉じることを余儀なくされ、病の床に伏せる羽目になった。
しかし、それを申し訳ないと思っているから、お袋が、毎日病院へと通っているわけじゃない。
病床でほとんど意識のない親父に向かい、お袋は、枕元に座りながら、延々と恨み辛みごとを繰り返していた。
病室に医師や看護師がいるときには、人の良さそうな笑顔を振りまき、貞淑な妻を装っているが、二人だけになると、ずっと親父への恨みを一人言のようにつぶやいていたのだ。
そんな女だから、親父も浮気をする。
だが、このお袋の辛辣さを極めたのは、ここからだ。
いっこうに実家へ帰ろうとしない俺を諦めて、お袋は、ある日突然、俺の住むマンションへと、その娘を連れてきた。
「あんた、こんなのが好きでしょ?」
夜中にいきなりやってきて、玄関でそう言いながら、どん、と畑違いの幼い妹の背中を突いて、捨てるように置いていった。
庇護者がいなくなって、これ幸いと、血の繋がらない娘のやっかい払いをしたわけだ。
実家へ帰らなかったのは、帰りたくない理由があったからであり、その理由をお袋は知っていた。
「こんな物にお金を使うくらいなら、早くお嫁さんでも見つけて、孫の顔でも見せてちょうだい。」
ここへ来て寝室を覗くたびに、お袋は、忌々しげに彼女たち睨みつけ、そう言って毒づいたものだ。
やっとひとり暮らしをはじめて、金をつぎ込み、ようやく手に入れた。
給料とボーナスのほとんどをこいつ等に費やした。
ソフビやラバー製の安物なんかじゃない。
デザイナーにオリジナルのマスクを作らせ、ボディラインまでデザインさせた。
人肉に近いオール縮合型シリコン製、総間接稼働の特注品。
この世にたったひとつしかない、俺が、俺のために作らせた、俺だけのリアルドール。
高さは130もなく、バストだって60もなかった。
ヒップが少し大きめなのは、俺の好みだ。
ホールは、少しきつめに造ってあるし、アナルだってちゃんと使うことが出来た。
そんなのが2体あって、毎晩、寝室で俺が帰ってくるのを待っていた。
親父がことさら可愛がっていただけに諦めてもいた。
しかし、よもやその親父は、もういない。
半死半生となり、病院のベッドで永遠に夢の中を彷徨っているだけだ。
その夜から、寝室に並ぶリアルドールは3体になった。
誰の掣肘も受けない。
何をしてもかまわない。
おそらくは生死さえも問う者はいない。
こいつは、この世に存在しない、俺だけのリアルドールだ。