庄四の頃から母がママさんバレーを始めた。
基本的には週一回。水曜日の夜に私の小学校の体育館で行われた。
父は単身赴任だし、家に一人留守番なるので最初は付いていったりもしていたけど、家でテレビを見てる方がいいからと、水曜日は留守番するのが私の役目になった。
でも、それは母への表向きで、実際は私も学校に行っていたのだ。
学校は住宅地の中の外れにあり夜はほとんどひと通りがない。
裏のフェンスを飛び越え校舎裏に侵入しても誰かに見られる事は皆無だった。
まだセキュリティなどは緩く、学校のグラウンドは通勤のサラリーマンなどがショートカットできる貴重な道にもなっていて、学校側もそれを容認していた。
だからフェンスを飛び越える必要なく敷地内には入れるのだが、それはあくまで用心のためだ。
いびつな形の校舎のせいで、中が迷路のようにいりくんでいるのも、この時は都合が良かった。
約束していた場所に先生は先に来ていた。
だいたいいつも先に待っていてくれる。
裏が崖になっている一番奥まった校舎裏は、やっぱり暗いし狭いしそれなりに怖い。
私が待つのは嫌だった。
ちょうど死角にもなる窪みのデッドスペースに腰を下ろして、まず貰った缶ジュースを飲むのが定番だった。
そのうちにコンクリートに直に座るからお尻が辛くなり、先生の膝にのる。
背中を預けて座り、少しずつムードが高まってくると、先生は私の着ているものを脱がせ始める。
陽気はちょうど肌寒くなってきた頃だった。
私はできるだけ脱ぎやすいように、長ズボンなどは履かないようにしていた。
大した量をきていないのですぐに靴下だけになる。
下着は着けないでくるのは先生のリクエストだった。
先生と言っても学校の先生ではない。
夏休みにうちの小学校の生徒なら無料で利用できる市営プールの職員の人だ。
その時に短期で行われた水泳教室に私は参加した。
結局その先生が好きになってしまい、毎回参加し距離を縮めた。
こんな風ないけないプチ戯れができるような関係になりたい願望はお互いにあったから、教室が終わっても会ってもらえたのだ。
引き合う者同士、磁石がくっついた感じでした。
先生は私が見た目以上にふしだらないけない願望を秘めてる女の子だと見抜いていたようです。
だから、水中の中でさりげなくなされるボディタッチで反応を伺っていた。
私はそれに気づきながらも気づかない振りをし、もっと無防備に体を寄せました。
先生はこれで秘密を守れる子ならと様子を見ていたそうです。
その点も抜かりはなかった。
私は途中からは必ず一人で参加するようにしていた。
子供でもちゃんとそういうことは考えてるものなんですね。
実際、だから誘いに応じる気になったも言ってましたから、作戦は成功したわけです。
そのへんは同い年の男子などより全然女子はしたたかなんです。
先生はちゃんとお風呂に入ってくる私から気合いを感じるようでした。笑
すぐに自らも上半身裸になり、下も脱ぐ時は私も体をどかします。
先生はパンツ一枚になり、股を広げた体育座りみたいな格好で私を呼び寄せます。
今度は向き合って先生の厚い体に腕を回し抱きつく。
あの肌と肌を密着させる時が一番大好き。
自然とぶつかりあう股間に刺激を与えたくなり私は腰を揺らし始める。
先生のパンツは水泳で履く水着だった。
あのツルッとした生地に股間を擦りつけたくて、私が頼んでいたのだ。
先生のは遠慮なく硬くなっていて、私はもうan・an声を出してよがってました。
先生の小さなビキニパンツを見て、性に興味がある女子なら誰もが内心夢想してるんじゃないかと思うことをおもいきりできる悦び。
とめられなければ延々としていたいくらい気持ち良かった。
先生は時々キスしたり話しかけたりしながら、好きなだけ受け止めてくれた。
ただ、ママさんバレーの終わる時間があわせなくてはならない。
ママさんバレーの日は途中から先生も裸になり、ダイレクトで擦りつけあい、最後は先生のを口に含んで射精させた。
土曜日や休みの日に会える時は、ほとんどセックスと変わらないような行為を延々と先生のベッドでした。
挿入以外ならなんでもしてたと思う。
先生は表向きつきあってる女性がいたけど、私を一番優先に会ってくれていたのは嘘じゃなかったと思う。