秋野先生は私の所属してる文芸部の顧問の先生です。
このあいだ。文芸部の冬の季刊誌を製本して、6時くらい
になったときのことです。
私は部室のカギ当番でした。最後に部室の戸締りをしてカギを
職員室に返す役目です。部員のみんなが帰りが「遅くなってし
まったから、待ってるからいっしょに帰ろう」と言ってくれたの
ですが、申しわけないので、みんなには帰ってもらいました。
部員の誰もが順番でやる当番なんだもの・・・
6時とはいえ真冬なので、外はすっかり夜になってました。
戸締りをして、部室の電気を消そうとしていると、
ガラっと扉が開いて、すごくいい匂いがしました。しょっぱくて
お腹のすくいい匂い。見ると、秋野先生がいました。
「あ、いま閉めます」私が言うと、先生は「なんだーみんな
帰ったのかー」ちょっと残念そうでした。「さしいれ買って
きたのに」いい匂いはこれだったのです。「おいしそう」私が
鼻をくんくんすると、先生は持っていたコンビニの袋を、
差出してくれました。「戸村はいつも頑張ってるから、
全部食っていいぞ」中は肉まんやピザまんでした。
「全部食うのはムリです」私は嬉しくて笑いました。
「いつも頑張ってる」と言ってくれるのは、秋野先生ぐらい
です。「もっとこれみよがしに頑張れば他の先生にもアピール
できるのに」とも言われます。
私は秋野先生のそんなふうなとこが、とても好きです。
でも、秋野先生だけが判ってくれてればそれでいいのです。
先生とふたりきりという状態は、これまでもありましたが、
夜というのは初めてだったように思い、ドキドキしました。
ドラマやマンガだったら先生が私を襲ったり何かステキな
出来事が起こるのですが、現実は、こんなふうに並んで座って
二人で肉まんを食べるくらいなんだよなあと、しんみり思いな
がら、それでも美味しく肉まんを食べました。
他のコみたく、楽しくてテンポのある会話でしゃべりたかった
のですが、言葉は出ませんでした。
でも、それはいつものことだし・・・
ふと見ると、肉まんを持ってる節ばった指が目に入りました。
ーーーあの指はどんなかんしょくだろうーーーと思いました。
ふれられたらどんなかんしょくだろうーーーふれられたら、
ふれられたら・・・ふれられるとしたらどんな時?
そんなこと考える自分が恥ずかしくて、うつむいてしまいま
した。だって、私は男のコと何回かキスしたことしかないんです。
やめようとしても、恥ずかしい想像が浮かんでしまい、かあっと
なって、ますますうつむいてしまいました。
すると私のほっぺに、とつぜん何かが触れました。
先生の指でした。
「さっきから気になってたんだ 黒いんだよここ」
先生が私のほっぺを二本の指でこするように撫でました。
「っ」私はくすぐったくて、恥ずかしくて、肩をすくめました。
「すすかな、マジックかな」先生はこしこし私のほっぺをこすって、
はっとしました。「これってセクハラかな」
「セ、クハラ、かな?」私はバカみたいにオウム返ししました。
先生の指は相変わらずほっぺにあります。
自分の目が潤んでいくのがわかりました。
カラダじゅうが、潤んでくのがわかりました。
恥ずかしくて恥ずかしくて、気がヘンになりそうでした。
ますますうつむいてしまうと、先生がひゅっと息をのんだ
気配がしました。そして、先生の指と、てのひらが、
私のほっぺを撫でていきました。それはさっきと違い、
とても優しくて、ため息がでるほど気持ちよかったです。
「せ。んせ」私の声は情けないくらい小さく、
「無防備すぎだよ、」先生の口調は、先生ぽくなくて、
私のカラダの一番奥が、とろとろととろていきました。
あんな気分は初めてでした・・・・・
かんしょくを、知りたいと思った、先生の指。
でも、私のほっぺがあつすぎて、かんしょくなんて、
全然、わからなかった・・・。
そのとき唐突にチャイムがなりました。
聞き慣れた平和なチャイムの音によって、
私と先生のあいだにピインとはりつめてしまった糸が、
ぶつっと切れたカンジでした。二人とも、はっとして
離れていました。そして「あ、じゃあ、帰ります」
私は立ちあがり、「あとはやっとくから」先生も立ちあが
り、「ごちそうさまでした」部室を出ようとしました。
「戸村」先生が私を呼びました。ふりむくと先生が真顔で
こっちを見てました。「ごめん、ふざけたわけじゃなくて、
夢中になりすぎた。これからは、気をつける」
あれから、私も先生も何もなかったように今まで通りです。
今は冬休みなので、顔も見ることができません。
私のカラダは、あのときのことを忘れられません。
思い出すたび、ほっぺがあつくなります。
先生の指がもっと欲しいと、カラダじゅうが泣きます。
私たち文芸部員は全員、先生のメルアドを知ってます。
もし私がメールをしたらどうなるのか、想像もつきませ
ん・・・ううん、そうじゃない。
メールしたらどうなるかを想像すると、とても誰にも
言えないようなことばかりが浮かぶのです。
あまりにも恥ずかしくて、メールする勇気がないのです。
私は、もう、こわれそうです。