俺が入った高校には、芸術の選択授業ってのがありました。
美術や音楽、書道とかがあり、俺は絵も苦手、手先も不器用なので、音楽を選択したんです。
真理恵先生、某有名音大出身、大学出たばかりの先生で、いかにもいいとこのお嬢さんみたいな先生、背が小さくてお人形さんみたいに可愛い先生、でも凄い気さくな先生で、男子生徒から絶大な人気の先生でした。
俺が卒業するとき、真理恵先生も退職、理由は結婚、しかも相手は石井っていう体育教師、柔道部の監督で四角張った体で、あごがしゃくれた先生と結婚するとあって、真理恵先生ファンは、あんな野郎には勿体無い、それと同時に真理恵先生にもがっかりしたんです。
月日は流れ、俺25才、会社の10才年上の先輩に、無理矢理連れて行かれたお見合いパーティーに、一際男性に囲まれた人がいたんです。
俺が見ていた限りではそのお見合いパーティー、バツイチや未亡人みたいな中高年が多数、若い男女は極少数と見てました。
若い女性がいたんだなと俺、その人だかりを横目に通り過ぎようとしました。
その人の中心にいたのが、なんとあの真理恵先生でした。
俺の高校時代と全く変わらない、小柄でお人形みたいな感じ、俺はすぐわかりました。
一緒にいた先輩は、競争率の高さにスルー、俺もスルーでした。
会場をぐるりと回り、また人だかりに来ました。
『岡田君、岡田君じゃない?』
音楽の先生らしい、透き通るような懐かしい声が、俺の背中に届きました。
俺はつい、その声に振り向いてました。
人混みをかき分けて近寄ってくる真理恵先生がそこにいました。
『真理恵ちゃん』
つい高校のときの呼び名で、返事してました。
岡田君、真理恵ちゃん、そのやりとりを聞いた人だかりは、すーっと引けていき、一緒にいた先輩も、俺と真理恵先生の間を知ると、つもる話もあるだろうからと、すっと引いてくれました。
なんの存在感もなかったはずの俺を、真理恵先生が覚えてくれてたことが不思議でした。
『岡田君、どうしてここに?』
『いやいや真理恵ちゃんこそ、結婚退職したはずなのに』
あっと思ったときには、まずいこと口走った、でも遅かったです。
『とにかく座ろう、疲れた』
真理恵先生の言葉に従い、その辺の椅子に二人で座りました。
結婚後、知り合いの伝手で、子供達向けの音楽教室で教える約束をしてたんだそうです。
実際結婚し、音楽教室でバイト始めた真理恵先生でした。