子供の頃、父の本家がある街に住んでいました。
父はずっと本社内の異動で、支社に転勤がなかったから、十数年その街にいました。
私の家の近所に住んでいた2学年下で、母子家庭の千尋という女の子がいました。
私も千尋も一人っ子で、幼い頃から一緒に遊んでいました。
千尋の家は母子家庭でも、生活保護を受けていたわけではないから、特別に貧乏ではなかったようですが、生活は楽でなかったと思います。
千尋は近所のクソガキに、乞食とか貧乏人とか言われて苛められていたから、俺は可哀相で見ていられず、千尋を何度も助けていました。
千尋を庇うもんだから、「お前らラブラブ」とか言われて、私まで一部の連中から嫌われてしまいました。
そのうち私は中学生になり、千尋は小5、千尋を常に庇うことができなくなりましたが、この頃から付き合っているみたいな感じになりました。
小5になると家庭科が始まり、そうなると母子家庭の千尋は家事スキルを発揮して、一躍クラスの人気者になっていきました。
私も時々千尋を家に呼んでたりしたので、私の母にも気に入られていました。
千尋の母親が忙しかったり、出張でいなかったりすると、私のうちで、私の母と千尋が一緒に夕食を作って食べて、何度か泊まったりもしていました。
千尋が小6の夏休み、両親が法事で留守の時、千尋が私の部屋で裸になって、
「俊樹ちゃん、私の処女をあげる。」
と言いました。
当時私は中2、やっとオナニーを覚えた頃で、女の子の性の知識の速さに驚きつつ、心臓バクバクでした。
千尋は生え始めた陰毛の下の恥裂を広げ、恥穴を露わにしました。
「触ってもいい?」
頷いたので、千尋を仰向けにして、恥裂を弄るとヌルヌルになりました。
千尋はカバンから薄汚れたバスタオルを出して、腰の下に敷いて、股を広げました。
私は、オナニー用に買ってあったコンドームを被せて、ゆっくり千尋の恥穴に挿入しました。
「痛たたたた・・・大丈夫、俊樹ちゃん最後まで入れて・・・」
挿入後3分と持たず、コンドームに漏らしてしまいました。
千尋が敷いたバスタオルには、血の跡が点々としていました。
この後は、仕事に行っている千尋の母が留守なのを狙って、千尋の部屋でセックスしました。
次第に二人ともコツをつかんで、千尋は快感に喘ぐようになり、私も長持ちするようになりました。
そして、11月の末頃、千尋に初潮が来たのです。
生理が来るとさすがにセックスはできなくて、千尋に扱いてもらうようになりました。
橋の下や公園のトイレの裏で、赤いランドセルを背負った千尋に扱かれて射精、ちょっと恥ずかしかったですが気持ちよかったですね。
千尋が中学生になると、同じ学校になったから行動を共にできて、思い切りセックスを楽しみました。
下だけ脱いで、いざというときごまかせる体勢で、千尋とセックスしました。
アァン・・・アアァン・・・アンアン・・・中1少女がセーラー服で喘ぐ姿は、学校での千尋とのギャップが凄くて萌えました。
ビチュっと愛液を噴きながら、本気で感じる千穂路がとても愛しかったです。
夏休みは勉強してセックス、勉強してセックスを繰り返していました。
しかし、私が中3の9月、父の転勤で遠方に引っ越すことになり、千尋とはお別れになりました。
急な転校になった私は、当日、近所の大人達に混じって見送りにきていた千尋に近寄り、当時勉強しながら聴いていた小型のポータブルラジオを差し出し、
「これ、すごく感度良いから。良かったら思い出に・・・」
「ありがとう・・・」
と言いながら見つめた目尻から、涙がこぼれ落ちました。
でもその後、千尋は笑顔で手を振って見送ってくれました。
引っ越し荷物をいっぱいに積んだトラックの後ろ、父の運転する車に乗り込み、
「千尋、さようなら~~」
と大声で叫びました。
悲しそうな顔の千尋が、
「バイバ~イ」
と言いながら、手を振っていました。
まだ中学生で携帯電話など持てなかったから、千尋とはそのまま音信不通になりました。
あれからもう20年が過ぎ、私は結婚して8年の35歳、3歳年下の妻と子供2人、そこそこに幸せな暮らしをしています。
去年、夏に取る長期休暇のとき、お盆を挟んで、家族で父の本家に一週間の滞在をしました。
毎年、墓参りだけで日帰りでしたが、長期滞在だったので、中学まで住んでいた家の近所を懐かしくて何度もウロウロしていました。
そしたら、犬の散歩をしている見覚えある面影が私を見ていました。
千尋でした。
お互い、20年ぶりで外見も変わってるのに、一目でお互いがわかりました。
結婚して、優しい旦那さんと子供と幸せに暮らしていることが分かりました。
お互いの近況など、一時間くらいお話して、連絡先などは交換せずに別れました。
「じゃあね。さよなら。」
「ああ、また、会えるかもね。さよなら。」
遠い昔の初めての恋人は忘れられない思い出の人ですが、お互い、今の幸せを壊すような種を撒きたくないと、お互いに思ったのでしょう。
お互い、大切な思い出の人が幸せだと確認できれば、それで嬉しかったのです。
だから、愛しい初恋人の千尋の幸せを祈り、思い出をここに書き記しました。