スカートとパンツを脱いでミニリュックの中に突っ込みました。
レインコートのボタンを留めます。
これで、中に着けているのは上半身のカットソー1枚だけでした。
そのカットソーだって中はノーブラ状態です。
個室から出て鏡の前に立ちました。
(どきどきどき)
レインコートのボタン・・・
上の3つを外して前を開けます。
それが限界でした。
4つ目も外すと、下は何もはいていないのがわかってしまいます。
だいじょうぶ、
(レインコートとニーハイ)
見た目はまったく普通・・・
(これならぜんぜん)
(問題ない)
電車に乗って帰途につきました。
それなりにおしゃれデザインのレインコートなので、特に違和感はありません。
でも心の中では、
(あああ、やばい)
緊張しまくっていました。
空いている席に座って、スマホを見ている私です。
あの人も、あの人も・・・
まさか私が下半身に何も着けていないなんて想像もできないはずでした。
大丈夫だとわかっていても、まったく気持ちが落ち着きません。
でも、どきどきしていい気分でした。
乗換駅に到着して電車を降ります。
(どきどきどき)
そのまま街を散歩しました。
ほどよいカフェがないか探しますが、いまひとつぴんとくる店がありません。
どこも混んでいました。
本当に、どこもかしこも人でいっぱいです。
駅ビルに戻りました。
なんのあてもなくエスカレーターに乗ります。
(どきどきどき)
見えないとわかっていても手で後ろを押さえずにいられませんでした。
だいじょうぶ、
(心配ない)
レインコートの丈はひざまであります。
(どきどきどき)
意味なくこうして徘徊しているだけでかなりのプレッシャーでした。
(もし何かのはずみで)
(後ろからめくられたりしたら)
もちろんそんなことをする人はいません。
だから大丈夫・・・
わかってはいるけど人混みの中で緊張しまくりでした。
いちばん上のレストラン階まで上がって、フロアを1周します。
どのお店もオープン直後でした。
でも、すでにお店の前に行列ができているほど混んでいます。
(帰ろう)
こうして駅ビルの中を歩いているだけで耐えられないぐらいの重圧でした。
私とっては心臓を押しつぶされそうな大冒険です。
フロアのすみに階段がありました。
駅改札のある2階フロアまで、階段で下りていくことにします。
(あ・・・)
無人でした。
ほとんどの人はエレベーターかエスカレーターを利用するのでしょう。
ビルの中はどこもかしこも人だらけなのに、ここだけは誰もいませんでした。
螺旋のような感覚で、
「とん、とん、とん、とん」
階段をぐるぐる下りていきます。
(どきどきどき)
途中で立ち止まっていました。
街中を歩いているだけで冒険の連続の私・・・
だいじょうぶ、
(どこにもない)
防犯カメラはなさそうです。
心臓がどきどきしました。
(だいじょうぶ)
入念に人の気配がないことを確認してから、ミニリュックを足もとに置きます。
一瞬の早業でした。
レインコートを脱いで、中に着ていたカットソーを脱ぎます。
そして、
(ばくばくばく)
すぐにまたレインコートを着ていました。
慌てて前のボタンを留めます。
だいじょうぶ、誰にも見られていません。
(どきどきどき)
ひざが震えそうでした。
これで、レインコートの中には何も着ていません。
脱いだばかりのカットソーをリュックの中にしまいました。
だいじょうぶ、
(死ぬほどどきどきするけど)
普通に歩いているだけならさっきと見た目は変わりありません。
素肌のデコルテが目立たないように、レインコートのボタンをいちばん上まできちんと留めました。
どきどきどき、
(いま4階か)
どきどきどきどき・・・・
階段を下りるのをやめて、売場のフロアに入っていきます。
アパレルやチェーン店の靴屋が並んでいました。
そして、信じられないぐらいの人混みです。
(だいじょうぶ・・・見た目は普通なんだから)
最初は足がすくみました。
でも歩きはじめると、あたりまえですがけっこう何でもなく人混みに紛れていく自分を感じます。
ショップのウインドウに自分の姿が映っていました。
おしゃれなレインコートに、
(だいじょうぶ)
ニーハイのロングソックスをまとった細い脚・・・
怪しいどころか、スタイルはむしろカッコいいと思えるぐらいです。
(あああ、最高)
(誰も私のことを知らない)
本当、ただ歩いているだけで緊張と興奮の連続でした。
格安の靴屋で、買うつもりもないレインブーツを品定めしたりしている自分がいます。
定員さんですら、
「サイズ出しますよー」
私の内心の興奮に一切気づいていませんでした。
(そんなこと言われたって)
(この格好で試し履きなんてできないよ)
生活雑貨のお店の入口に、リビングソファがディスプレイされています。
私のことを気に留めている人なんて誰もいませんでした。
座り心地を確かめるふりをして、
(よいしょ)
深々と腰かけてみる私・・・
目の前を多くの人が通り過ぎていきます。
いくらひざ丈まであるレインコートといえども、もし大きく脚が開いたらアウトでした。
バレない程度に『小さく』脚を開いてスリルを味わいます。
(どきどきどき)
おなかがすいていました。
もうお昼の時間帯です。
でも、さすがにどこかで昼食をとる気にはなれませんでした。
今日のお昼は、
(コンビニで買ってうちで食べよう)
朝から緊張の連続だったので、ここにきてどっと疲れてしまった感じです。
エスカレーターに乗って2階フロアまで下りていきました。
(どうする)
(さすがに危ないかな)
一瞬迷いましたが、
(だいじょうぶ)
見た目はさっきと変わらない・・・
このまま電車に乗って、うちに帰ることにします。
普通にしている限り、レインコートの中の格好なんて誰にもバレるはずがありませんでした。
むしろ、冷静に考えてみればこれっていちばん安全な冒険かもしれません。
(楽しかった)
(帰ったら自分で美味しいコーヒーを淹れよう)
駅に入って電車に乗りました。
けっこう混んでいたので立って吊革につかまります。
気持ち的にはかなり緊張していました。
私は・・・このレインコートの内側には何も着ていないのです。
こうしている限り、ばれっこないけど・・・
隣の人との距離が近くて、パーソナルディスタンスを確保できていませんでした。
ナイロンのレインコートでこの混み方だと、ちょっと蒸し暑いぐらいです。
(早く着かないかな)
あともう1回乗り換えなければなりませんでした。
次の乗換駅は・・・
何度か行ったことのある街ですが、それほど土地勘があるわけではありません。
それにしても昼なのに車内は異様な混み方でした。
そして、なぜか駅でもないところで停車してしまいます。
(暑い。。。)
車内放送がありました。
相互乗り入れ路線の〇〇〇〇〇の影響で、ダイヤの乱れが発生したようです。
振替輸送の案内がされていました。
やがて、また電車がゆっくりと動きはじめます。
私が降りるまではあと2駅でした。
1つ目の駅について・・・
自分の目を疑います。
ホームが人であふれていました。
(あれ全部)
(乗ってくるの?)
背負っていたミニリュックを慌てて下ろして手持ちにします。
電車のドアが開いた瞬間、
『どどどどど』
押し寄せるように入ってくる人の群れ・・・
吊革を持っていられませんでした。
人波に押されるように、反対側のドア方向に追いやられます。
からだが押しつぶされるかと思いました。
痛いぐらいのぎゅうぎゅう状態です。
焦りました。
(やばい・・・やばい・・・)
わざとではないにしろ、誰かの手の甲が私のお尻に密着しています。
そのまま身動きもできませんでした。
薄いナイロン1枚のレインコートで、中にはパンツすらつけていません。
絶対にそれがバレるわけにはいきませんでした。
(もうやだ)
(早く着いて)
ドアを背にした高校生ぐらいの男の子が身動きできなくなっていて・・・
その彼と私は向き合ったまま密着しているような状態です。
私も後ろからぎゅうぎゅう押されたまま、まったく身動きできずにいました。
故意でないのはわかるけど、
(もおおー、やだ)
こんなときにスマホ観なくてもいいでしょ・・・
もぞもぞとポケットから取り出したスマホを持つ男の子の手が、私の胸もとにくっついてしまっています。
(早く着いて)
(駅に早く)
ブレーキがかかって、また一時停止していました。
電車がとまるときの反動で、
『どどどどど』
人波が大きく揺れます。
誰かの拳が私のお尻を撫でていました。
一瞬でしたが、絶対に今のはわざとだとわかる触り方です。
(もおおおお、最低)
そこからは、レインコートのお尻に拳を押しつけられまくりです。
でも、声なんてあげられませんでした。
騒ぎになるよりもやりすごして何もなかったことにしてしまいたい『私』です。
だって普段のときならともかく、こんな格好で・・・
だめ絶対、
(中に着てないってバレたらだめ)
それにもうすぐ駅に着く・・・
(馬鹿・・・馬鹿・・・)
電車が駅のホームに滑り込んでいました。
減速の反動で、
『どどどどど』
またも大きく人波が揺れます。
停車していました。
ドアが開いた瞬間、横から手が伸びてきて・・・
誰かが私の胸をつかんでいます。
(嫌っ)
周囲の人たちとともにドアの外に押し出されていく私・・・
一瞬、つまずきそうになりながら、
(ふざけんなよ)
ホームに自分の足がつきます。
次の瞬間、逃げるようにその場から離れていました。
早足で立ち去りながら、痴漢に遭った悔しさよりも自分の非を責める気持ちに苛まされます。
(悪いことばかりしてるからだ)
(だからこんなめに遭うんだ)
急ぎ足で改札を出ていました。
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