建物から露天への出口に踏み出した瞬間・・・
その光景に、
(う・・)
頭の中が真っ白になりかけます。
(無理・・・)
外に出てすぐそこに、露天の湯船がありました。
桝形の小さな木の湯船です。
いちおう、やぐらのような木造の屋根がかかっていました。
一辺2メートルぐらいしかない湯船に、すでに2人のおじさんが入っています。
(無理・・・無理・・・)
バスタオル姿の私を目にした瞬間、
『えっ、こんな可愛い子が?』
おじさんたちも明らかにそんな表情で目を丸くしていました。
決して自意識過剰なわけではありません。
足がすくんでしまっている『この女』の動揺を察したかのように・・・
「ん、行くか・・」
ふたりが気を遣ってくれていました。
お湯からあがって、
「ざばっ」
私に湯船を譲ってくれます。
そのまま建物の中に入っていってくれました。
(ほんと?)
(ありがとう)
やはり、名の知れた温泉地だからなのでしょうか。
居合わせる男性たちのマナー(?)のよさに、感心させられます。
きちんと声に出して『ありがとう』を言えなかった自分を悔いながら・・・
感謝の気持ちでいっぱいでした。
湯船自体は、ほぼ正方形の桝形です。
その小さな湯船の周囲に、やぐら屋根の柱が何本か立っていました。
天然材の横木が、手すりのような感じで四方を囲っています。
(素敵・・・)
からだに巻いていたタオルを取りました。
二つ折りにして、横木の部分にかけます。
全裸でした。
ひと目を忍ぶような気持ちでお湯に入ります。
(最高。。。)
岩がごろごろしている原っぱの一角にお風呂がある感じでした。
景色そのものは微妙ですが、開放感がたまりません。
お湯は、内湯と同様に乳白色のにごり湯です。
肩までつかって、足を伸ばしました。
(とてもじゃないけど)
(この小さな湯船で混浴はきつい)
そして、ふと気づきます。
非日常のどきどき感を味わいたくて、あえて混浴を選んだのに・・・
男性がいないことに胸をなでおろしている私です。
でも、これも悪くありませんでした。
こうして有名な露天温泉のお風呂を独り占めできているのですから。
(ふうう)
(いい気分。。。)
向こうのほうに、湯気をあげている源泉が見えました。
開放感を噛みしめながら、
(最高だな。。。)
ひとりぼっちで贅沢気分にひたります。
そんな時間を5分ぐらい過ごしたでしょうか。
男性の話し声が耳に届いてきました。
誰かが来る気配を感じて、胸の鼓動が一気に激しくなります。
(どきどきどき)
ああ、やばい・・・
こっちに人が来る・・・やばい・・・
「どうも、こんにちは」
背後から、声をかけられました。
振り向くと・・・
さっきとは違うおじさん2人組が、もうそこにいます。
(ひいいん)
喉がすぼまって、挨拶の声を返すことができませんでした。
無言で会釈だけして・・・
お湯につかったまま湯船の端につめます。
「よいしょっと」
「いい湯だねえ」
ふたりともそろそろとお湯に入ってきました。
この狭い湯船に、合わせて3人・・・
目の前のおじさんたちの顔をまともに見ることができません。
(ばくばくばく)
(ばくばくばく)
急に緊張したせいか、一気にのぼせてきました。
(熱い・・・もう出たい)
でも、
(だめ、むり)
お湯から出ようものなら、どこにも隠れ場などありません。
まる見えの覚悟が必要でした。
ふたりとも素っ気ない表情をしています。
やはり、女ひとりの私に気を遣ってくれているのか・・・
マナー的には100点です。
そもそもここは混浴です。
嫌ならば、最初から男女別の女湯に行けばいいだけの話でした。
このおじさんたちは何も悪くありません。
私が一方的に恥じらいを覚えているというだけのことです。
逡巡しながら、
(恥ずかしいよ)
でも、もう出なきゃ・・・
(熱い・・・もうだめ・・・)
演技ではありませんでした。
本当にちょっと泣きそうになります。
勇気を出して、
「あの・・・すみません」
蚊の鳴くような声で、ふたりに話しかけました。
(ばくばくばく)
「ちょっとのあいだだけ」
「目を伏せていていただけますか?」
初めてまともに相手の顔を見ていました。
ふたりとも、温厚そうな表情のおじさまたちです。
「え?」
「ああ・・・わかりました」
その言葉をもらって、乳白色のお湯の中から・・・
「ざば」
口では『わかった』と言っても、男の本能なのでしょう。
立ち上がりかけた瞬間、
(ひん)
全裸の私に、ふたりの目線が釘付けになっています。
まっ裸でした。
手で胸を押さえたまま、
「じゃば」
湯船のふちをまたぎます。
(ひいん、ひいいん)
立ち上がってから、わずか5秒か10秒のことにすぎません。
それでも死ぬほどの恥ずかしさでした。
すっぽんぽんのまま、横木部分にかけてあったバスタオルを取って・・・
無防備状態のからだに巻きつけます。
(ごめんなさい・・・ごめんなさい)
羞恥に胸をばくばくさせたまま、女性用脱衣室に逃げ戻っていました。
服を着て、帰り支度をします。
せっかくの有名温泉なのに・・・
けっきょく滞在時間20分ほどで混浴棟から出てしまった『私』でした。
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