と・・・
おじいさんふたりが、ちょうど目の前まで歩いてきていました。
私を見て『おっ?』という顔になりますが・・・
そのまますれ違って、浴場から出ていきます。
引き戸を開けて、
「ザシャーッ」
ふたりとも脱衣場へと消えていきました。
(え・・・)
タイミングのあやとしか言いようがありません。
無人の浴場に、ひとりだけ取り残される『私』・・・
(しまった)
ひとりっきりの浴場で、
(ばくばくばくばく)
なぜか、勝手に心臓が破裂寸前になっている私・・・
(だいじょうぶ)
(落ち着いて)
桶を拾ってかけ湯をしました。
腰のタオルを外して、湯船に入ります。
(だいじょうぶ)
次に誰かが現れるのを待てばいいだけのことでした。
肩までお湯につかって、
(落ち着いて)
なかなか収まろうとしない胸の鼓動を静めます。
(ばくばくばくばく)
当然ながら、まったく落ち着きませんでした。
異様に緊張しています。
だって・・・
次にどんな人が来るのかなんて、すべては運でした。
(ばくばくばくばく)
もし男性だったら、
(ああん、どうしよう)
ひとりでお湯につかっている私を見るなりきっと内心で歓喜するはずです。
これでも外見の容姿にだけは、いまでも自信のある私でした。
その私が、素っ裸でいるのです。
入ってきた男性は、その感情を表には出さずとも・・・
超ラッキーとばかりに、ヌードの私を目で追い回そうとするはずでした。
(あああああ)
(怖いよ・・・)
お湯の熱さに、のぼせてきます。
男の前で、
(あのポーズ・・・)
もう、できる気がしませんでした。
前回のときのあのシーンを思い浮かべます。
(あのときは)
(男が4人も・・・)
湯船の中を、
「ざぼっ、ざぼっ」
洗い場側に近いところへと移動しました。
湯船のへりに顔を置きます。
(ああああ・・・けっこう近い)
すぐそこの壁に、洗い場のカランがあります。
距離としては、せいぜい2~3メートルぐらいでした。
シャワーの設備はありません。
立ち上がって、
「ざばぁっ」
湯船から出ました。
あのときのように・・・
カランの前で、両ひざをついてみます。
レバーを押しました。
「じゃー・・・」
蛇口から水があふれ出ます。
温度調節をして、
(ひいいいん)
洗い場の床に両手をつきました。
這いつくばるような体勢で、流れ出るお湯に頭を近づけます。
「じゃばじゃばじゃば・・・」
まさに、この格好でした。
真後ろから見られたら、死ぬほど恥ずかしいこの姿・・・
(あああああ)
(こんなの無理だよ)
数十秒で自動的にお湯が止まりました。
立ち上がって、再び湯船に入ります。
(どきどきどき)
待ちました。
・・・お湯につかったまま、激しい葛藤の気持ちとともに。
(やっぱりできない)
(できないよ)
お湯が熱いので、肩までつかったり湯船のふちに腰かけたりを繰り返していました。
待ち受けることの緊張に、
(ばくばくばくばく)
胸が張り裂けそうなプレッシャーが続きます。
15分か、20分ぐらい待ち続けたでしょうか。
やがて、
(ひいっ)
脱衣場のほうに明らかな気配を感じました。
人の声が確かに聞こえてきています。
(ばくばくばくばく)
でも・・・
(もしかして・・・)
(ああ、だめか)
聞こえてきているのは、子どもの発する嬌声でした。
がっかりする反面、どこかで『ほっ』と胸をなでおろしている自分がいます。
数分して、
「ザシャーッ」
引き戸が開きました。
予感的中です。
浴場に入ってきたのは、おばあちゃんと幼稚園児ぐらいの子どもでした。
お湯の中から立ち上がった私は、湯船から出ます。
(心臓が耐えられない)
(帰ろう)
助かったというか、でも悔しいというか・・・
複雑な心境でした。
いずれにしろ、もうこの場に留まり続けるだけの気持ちの余裕はありません。
おばあちゃんと会釈を交わして、私は浴場を後にします。
「ザシャーッ」
無人の脱衣場・・・
あらためて『ほっ』としていました。
緊張感から解き放たれて、思わず涙があふれ出してきます。
「ぐずっ」
われながら矛盾した感情でした。
それを夢見るほどのわきあがる気持ちで、はるばるここまでやって来たのに・・・
チャンスを得られなかったことに、むしろ安堵している自分がいます。
いったい自分がどうしたいのか、今となっては自分でもよくわかりませんでした。
(髪型まで変えて)
(馬鹿みたい)
スポーツタオルでからだを拭きます。
実感していました。
どんな人がいるのか予測できない『混浴』は、やはり私にはハードルが高いのです。
パンツをはこうとして・・・
(あ・・・)
ありませんでした。
脱衣カゴの中から、パンツとブラが無くなっています。
(さっきの・・・あのおじさんか)
悲しすぎて、何も感じませんでした。
ただ、ただ・・・みじめな気持ちだけがいっぱいです。
下着なしで服を着て、宿へと戻る『私』でした。
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