〇〇温泉の入口に到着しました。
駐車場に車をとめて、歩いていきます。
が・・・、イヤな予感がしました。
あまりに寂れた雰囲気で、1台も車がとまっていなかったからです。
(えー・・・まさか)
建物に近づいていくと、
(嘘でしょー)
理由はよくわかりませんが営業している様子がありませんでした。
ショックなんてものではありません。
実は、今回の旅行でいちばん楽しみにしていた温泉がここだったのに・・・
途方にくれてしまいました。
だって、
(たぶんもう来る機会はない)
だけど、いくら悔しがったところでどうにもなるものではありません。
(がーーん)
テンションが、だだ下がりでした。
今夜は空港近くのビジネスホテルに泊って、明日午前の飛行機に乗る予定です。
実質的に温泉めぐりができるのは今日まででした。
しかも、思い描いていたプランではこの〇〇温泉が最後のお風呂になるはずだったのです。
(ええーー)
車に乗り込みました。
まだ時間はあります。
(どこか他に)
(寄れそうな温泉は・・・)
スマホを駆使して探していました。
でもこれから街に向かうにあたって、途中に良さそうな温泉はみつかりません。
諦めるしかありませんでした。
なんとも虚しい気持ちですが、今回の温泉めぐりはここで終了です。
車をスタートさせました。
けっこうがっかり気分のままですが、それはそれとして運転はあくまでも慎重です。
ずっと走ってきた道を、そのままずっと戻っていました。
(けっきょく今日は)
(朝のあの野湯だけだった)
心なしか天気まで曇ってきています。
(あとはあの足湯か)
(まあ、足だけだったけど)
そして、不意に思いついていました。
(そうだ)
さっきはちゃんと探さなかっただけ・・・
あの近くにも、本当はどこかに足湯ではない△△温泉があったはずなのです。
車を一時停止しました。
スマホのマップを拡大して調べます。
(ある)
みつけました。
すかさずいろいろ調べます。
立ち寄りで入れることがわかりました。
(よーし)
(△△温泉でお風呂納めだ)
急に気持ちが晴れやかになります。
よかった、
(あれで終わりにならなくて)
否が応でも期待が高まる中・・・
田舎道のドライブを経て、その△△温泉に到着しました。
駐車場に車をとめて外に出ます。
(着いたー!)
まあ、なんというか・・・
寂れた田舎の普通の銭湯みたいな感じでした。
下駄箱の並んだ入口から中に入ると狭いロビーになっています。
ラッキーだったのは、たまたま営業開始時間の直後だったということでした。
ぜんぜん人がいません。
券売機でチケットを買って、フロントのお兄さんに無言で渡しました。
女湯の暖簾のあるところから脱衣場に入ります。
服を脱いで浴場に入りました。
中も、いたって普通のお風呂です。
いちおう温泉のはずなのですが、あまり実感がありませんでした。
それでも足を伸ばしてお湯につかることのできる大きなお風呂は大好きな私です。
(ふーー、気持ちいい)
けっこう熱いお湯でした。
それがまたよくて、全身の筋肉の強張りが解けていくような心地がたまりません。
「ふうー」
意外でした。
営業開始直後であれば、一番湯を求めてくる地元の人もいそうなものなのに・・・
過疎化が進んでいるのでしょうか。
まだ私以外には誰もおらず、貸し切り状態です。
(ふーー)
洗髪してからだも洗いました。
最後にもういちどゆっくりお湯につかって、お風呂からあがります。
脱衣場に戻ってからだを拭いていました。
扇風機の前に立って、ほてったからだに風をあてます。
(あっちい・・・)
なんだか不思議でした。
私は、行き当たりばったりの旅はあまり得意ではありません。
どちらかといえば、いつも綿密にスケジュールを組みたててから旅行に出るタイプです。
(本当だったら)
(こんなところでお風呂に入っているはずじゃなかったのに)
でも、それもまたよしという気分でした。
同時に、地元の人向け感が強いこの場に自分がそぐわない気がして・・・
それもまた、なんだかすごく不思議感覚でいい気持ちです。
こういうのも旅の醍醐味なのかもしれないなあと感じていました。
(旅も終わりか)
(帰ったらまた日常の日々だな・・・)
大鏡に写っている自分の姿を見て、胸が苦しくなります。
自分で言うのもなんだけど、
(まだまだキレイ)
どう見たって、外見だけなら30歳ぐらい・・・
毎日を地道に生活している、まっさらな私の全身が写っていました。
(私は絶対に暴飲暴食しない)
(運動不足にも気をつけてる)
だから、昔からほとんど変わらない・・・
おなかもぺったんこだし、ウエストもこんなにくびれてる・・・
でも、
(なんのため?)
どうせもう、ずっと独りぼっちでもいいと思ってるくせに。
いつも真面目でいることに、意味あるの?
(まじめでなくてもだいじょうぶだよ)
(私のことなんて誰も知らない)
フロントにいたさっきのお兄さんは、20歳前後だったように思えました。
実際のところはわかりませんが、
(アルバイトの大学生?)
なんとなくそんな感じの印象だった記憶です。
(たしかロビーに)
(飲み物の自販機があった)
胸が苦しいまま、どきどきが昂っていました。
なに考えてるの?
(あんた馬鹿じゃないの?)
理性とのせめぎあいに胃がきゅうっと痛みます。
(どきどきどき)
お風呂で使った小さなタオルを絞りました。
腰に巻いて、横で結びます。
100円玉を2枚持ちました。
もういちど鏡を見ます。
(朝のジイ様たちが言ってた)
(私のこと『美人さん』って)
ばくばくばくばく・・・
(馬鹿じゃないの)
(ぜったいにだめ)
脱衣場の入口に戸はありませんでした。
暖簾がかかっているだけです。
そっと、暖簾の隙間からロビーの様子を窺います。
(うわあ、だめだめだめ)
お風呂上りと思しきおじさんがひとりいました。
壁ぎわのソファでくつろいでいます。
(こんなの泣いちゃう)
なんで?
(ぜんぜん知らない人なのに)
どうせ二度と会うこともないじゃない・・・
そのまま暖簾をくぐって、
(ひいいん!)
堂々とロビーに出ていました。
ソファのおじさんが顔をあげて目を見開いています。
何の躊躇いもない表情で、自販機に歩いていく私・・・
(ひいいいい)
死ぬほど見られていました。
100円玉を1枚入れたところで・・・
フロントのカウンター横から、
「お客さん!」
あのバイトくんが泡をくったように駆け寄ってきます。
(ああああ)
(恥ずかしすぎる)
演技していました。
びっくりした顔で、
「o que?」
きょとんとしてみせます。
本当に何も理解できていない外国人のふりをしていました。
たいして広くもないロビーで、腰に小さなタオルを巻いているだけの彼女・・・
「だめですよ、お客さん」
注意しているバイトくんの目が、私の胸に釘付けです。
ひいいい、
(恥ずかしい。。。)
左右のおっぱいをまる出しにひけらかしたまま・・・
ソファのおじさんにも見られまくりでした。
日本語がわからない彼女は、彼らの前で完全に戸惑いの表情です。
(ひいいいん)
「O que aconteceu」
実はこのとき、かなりひやひやしていました。
フロントの奥からも人が出てきてしまうのではないかと心配だったのです。
その気配はありませんでした。
すかさず自販機前のソファに移ってきたおじさんのニヤニヤ顔が超強烈です。
タオルの合わせ目がゆるみかけていました。
(ひいいい)
(落ちちゃう・・落ちちゃうよ)
自販機を指差しながら、
「eu quero comprar uma bebida・・・」
困惑の顔でジェスチャーします。
「あー、えっとー」
「言ってることわかります?」
超まじめに『???』の表情を向けていました。
戸惑っている彼女の顔と、露わな胸に目線が行ったり来たりしているバイトくん・・・
もはやニヤつきを隠せないという感じで、
「ノークロス、ヒア、ノー」
ロビー全体を指し示しています。
(あああああ)
(そんな目で見ないで)
おっぱい小さくてかわいそうって思ってるんでしょ・・・
思ってるでしょ・・・
(あああん、恥ずかしい。。。)
もう無理でした。
おじさんの露骨な視線も強烈すぎて・・・
とてもではないですが、
(意地悪・・・意地悪・・・)
この状況にもう耐えられません。
彼の言っていることをやっと理解したふりをして、
「oh」
合点した素振りの彼女・・・
そうだったのかという感じで、驚いてみせていました。
女湯のほうを指し示しているバイトくんに従おうと、そちらに足を向けかけます。
腰のタオルが今にもほどけそうでした。
落ちてしまう前に無造作にぱっと外して、そのまま左手に持ってしまいます。
(ひいいいん)
ほんのわずかな距離とはいえ、全裸のまま男の子と歩いていました。
おじさんも超見てるのに・・・
恥ずかしすぎて死にそうです。
すっぽんぽんで女湯のほうへと付き添われていました。
・・・が、
「Oh, desculpe」
暖簾をくぐる寸前で足をとめます。
バイトくんの瞳をみつめて、小さくはにかみました。
くるっと踵を返します。
(あああ、見ちゃいやあああ・・・)
小走りで自販機に戻っていました。
おじさんの視線が半端ではありません。
ソファに腰かけている自分の目の前で背を向けた、素っ裸の彼女・・・
(ひいいいん)
ほっそりした後ろ姿は、腰にタオルすら巻いていませんでした。
この男性は知る由もありません。
職場での私が、
(普段どんなにまじめな女なのか)
本当は、人一倍恥ずかしがり屋なのに・・・
細身のお尻は左右ぴったり閉じることなく、肛門のすぼみが見えてしまっています。
(だめえ、見えてる)
(だめええ)
「カチャッ」
コインの返却レバーを下げました。
入れ忘れたままになっていた100円玉が、
「ことん」
返却口に落ちてきます。
取り出そうと前屈むように手を伸ばして・・・
一瞬とはいえ、おじさんの目の前でお尻が開き切る格好になってみせます。
(あああ、こんな)
(こんなおやじなんかに)
自虐の興奮に脳みそがとろけそうでした。
返却口から硬貨をすくい取った私は、自然体で振り返ります。
(ひいいい)
おじさんのニヤニヤ顔がすぐそこにありました。
そんなものはまったく眼中にない彼女・・・
あっちに立っているバイトくんに向けてぺろっと舌を出して、
『取るの忘れちゃってた!』
そんな感じで硬貨を見せるように手を振ってみせます。
もはや羞恥の絶頂でした。
そそくさと自販機から離れて、彼のほうに戻っていくオールヌードの私・・・
そのまま女湯の暖簾をくぐります。
(ばくばくばくばく)
誰もいない脱衣場に戻った瞬間、その場にうずくまっていました。
張りつめていた糸が切れたかのように、
(もうだめだ、私もうだめ)
とても立っていられません。
(ああああ、ほんとにやった)
(私、やっちゃった・・・)
手に握りしめたままの硬貨と小さなタオル・・・
恥ずかしさに打ちのめされたまま、
(だめだ立ち直れない)
涙がぼろぼろあふれていました。
(ああ、でも行かなきゃ)
(何食わぬ顔をして)
立ちあがって下着をつけます。
シャツを着て、チノパンをはきました。
きちんとドライヤーもして、ボブヘアーをさらさらに落ち着かせます。
身なりを整えて鏡を見ました。
全部自分でやっておきながら・・・
素っ裸を見られたショックにまだ涙がうるんでいます。
(がんばれ)
(最後まで平然と)
鏡を見ながら笑顔をつくりました。
誰がなんと言おうと、
(ほら、こんなに)
見目麗しい美人じゃないか・・・
何事もなかったかのように脱衣場からロビーに出ます。
(どきどきどき)
お風呂上りのおじいさんたちが何人かいました。
平和な光景です。
(だいじょうぶ)
(何も問題ない)
あのおじさんも、まだロビーのソファにいました。
脱衣場から出てきた私のことをじっと見ながら、にやにやしています。
(さよならおじさん)
フロントのカウンターから、バイトくんが私をみつめていました。
その視線を感じながら、
(ひいいい。。。)
まだ超どきどきしている自分がいます。
下駄箱からスニーカーを取り出して、建物から出ました。
自分のレンタカーに歩いていきます。
どきどきどき・・・
(恥ずかしい・・・)
(死ぬ・・・死ぬ・・・)
穏やかな午後の陽射しがフロントガラスに差し込んでいました。
(足湯・・・)
(さっきの足湯・・・)
距離的には、すぐ近くのはずです。
どきどきどき・・・
(あああ、最高・・・最高にいい気分・・・)
これぞ非日常の昂ぶりというやつでした。
赤の他人が相手だからこその、大胆すぎる自分の行動に高揚感でいっぱいです。
興奮冷めやらぬまま、車に乗り込んでいました。
(続きます)
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