浴場へと続く、曇りガラスの引き戸を開けます。
その瞬間、
(やばいっ!)
全身から血の気が引きました。
一斉にこっちを向く、4人の男たちの視線・・・
思わず、両腕で胸を隠している私がいます。
しゃべっていた彼らの口がとまって、一瞬にして浴場内が静まり返っていました。
(ひいん)
このとき、どれだけ回れ右して帰りたかったか・・・
どう見ても4人とも40代ぐらいでした。
腰タオル1枚で登場した『女』の私に、
「おおおおお!?」
全員が目を丸くしています。
(やばいよ)
(ぜんぜんおじいちゃんじゃない)
入ってしまった以上、引くに引けない(?)私・・・
なぜか『帰る』という選択肢の概念が、ぽっかり頭から消えてしまっていました。
戸惑ったように、きょろきょろしてみせます。
理性が、
(ここはもう本当に外国人になりきるしかない)
自分の心にそう告げていました。
前節でも書きましたが・・・
浴場内は向かって右壁側が長方形の湯船で、左壁側が歩くスペースと洗い場です。
その湯船に4人の男がつかっている状況でした。
浴場内に入ってガラス引き戸を閉めたものの、どうしていいかわからない素振りをします。
男性陣は無言のままでした。
固まってしまっているといってもいいぐらいです。
(ひいん)
(超、見られてる)
正直、死にそうでした。
気楽にこれを読んでくださっている方に、理解などできるはずもありません。
わかりますか?
このときの私の恥ずかしさが。
(ばくばくばく)
密室の圧迫感にも追い詰められて、心臓が爆発しそうでした。
躊躇いがちな足取りで、いそいそと彼らのいる湯船に近づいていきます。
なるべく流暢な発音で、
「Olá! Está frio hoje, não é?」
彼らに型通りの挨拶をしました。
「えっ?」
全員の視線が私に釘付けです。
「いまの何語だよ?」
「誰かわかるか?」
とにかく、日本の温泉に戸惑っているというふりをしていました。
手順がよくわからないといった顔で、きょろきょろしてみせます。
ひとりが、
「それでかければいいんだよ」
置きっぱなしのボロっちい桶を指さしてくれました。
からだにお湯をかけるジェスチャーを見せてくれています。
「Devo usar isso?(これを使えばいいんですね?)」
見た目は完全に東洋人(実際、日本人ですから)の私ですが・・・
日本語がまったく通じていない演技をしていました。
「・・・・・・・」
4人とも、息をのんで私のことを見ています。
混浴風呂に単身現れたキレイな女を前にして・・・
ものすごい視線の『圧』が、私ひとりに注がれている状況でした。
湯船の前にしゃがみこみます。
もはや、平然とした外国人の神経を装う以外に手立てはありません。
桶を取りました。
腕で隠していた私の胸が、みんなの前でまる出しになります。
おっぱいを露わにしたまま、かけ湯の真似事をして・・・
肩からではなく、
「ざっば」
頭のてっぺんからお湯をかぶりました。
よくわかっていない外国人だと信じ込ませます。
「ざっばっ」
もういちど、豪快に頭の上からかけ湯をしました。
すでに生き地獄の心境です。
そして、身振り手振りで湯船を指さしました。
「Posso entrar na banheira?」
腰に巻いたタオルがお湯を吸って重くなっています。
立ち上がると、
(ひいん)
結びがほどけて、だらんと落ちかけました。
自らの手で外してしまいます。
すっぽんぽんでした。
タオルとポーチを手に持ったまま、湯船のふちをまたぐ私・・・
「おいおい、まじかよ」
「最高じゃねーか」
(ひいん)
(ひいいいん)
全員の目線が、自分ひとりに向けられています。
お湯の中を、
「ざばっ・・ざばっ・・」
いちばん空いている奥の壁のほうへ・・・
4人の前を横切っていきました。
タオルとポーチを湯船のふちに置いて、はじっこでお湯につかります。
「まじかあ」
「田舎の混浴ってすげえな」
肩身の狭い思いとは、まさにこのことでした。
4人組の、たぶん40代後半の男たち・・・
会話の内容から察するに、この人たちは地元の人間ではありません。
じろじろ見られているのを感じていました。
お湯につかったまま、湯面の一点をずっとみつめている『私』です。
とてもではないですが、男性たちに目を合わせることはできませんでした。
(泣きそう・・・たすけて)
囁くような彼らの会話が耳に入ってきます。
「・・・たかよ?」
「見えてたぜ、さっき」
(ひいん)
お湯の温度が熱めなので、ずっとつかりっぱなしではいられませんでした。
彼らも思い思いに湯船のふちに腰かけたり、またお湯につかったりを繰り返しています。
いやでも目に入っていました。
それこそ代わる代わるに、4人のお〇んちんが。
もちろん私は、顔色ひとつ変えることはありません。
これも、日本の文化なんだな・・・
そんなふうに思っている表情で、あくまでも平静を装うまでです。
(もうだめ)
熱さに耐えられませんでした。
お湯につかっていた状態から、私も湯船のふちに腰かけます。
「ざばっ」
それは、
(嫌ああああ)
屈辱以外のなにものでもありませんでした。
みんながみんな『観察』の目で、一斉に私の胸を見てきます。
(ああ、だめだ)
一瞬にして涙がこみあげてくるのがわかりました。
(おっぱいが)
(恥ずかしいよ)
限界です。
手のひらでお湯をすくいました。
顔を洗うような素振りをして、にじんできた涙をごまかします。
「・・・・・・」
もはや誰一人として、口を開く者はいませんでした。
だれもが無言で、じっと私の胸をみつめています。
貧弱なおっぱいに男たちの視線を浴びながら、内心泣きそうな私・・・
(もう耐えられない)
(見ないでえ)
プライドが崩壊寸前でした。
自分が『かわいそう』でなりません。
同時にそれは・・・胃がきゅうっとなるような興奮の瞬間でした。
表面上は一切動揺を現さずに、脳みそだけがとろとろになっていくような感じに陥ります。
「Onde voce esta assistindo」
いちばん近くにいた男性に、自分から話しかけていました。
もちろんまったく通じずに、
「ん・・え?・・・え?」
でも、私にしゃべりかけられて相手がニヤついているのがわかります。
「Você acha que eu sou uma mulher bonita?」
にこにこしてみせました。
手もとでお湯をぱちゃぱちゃさせながら、あとの3人にも最高の微笑みを向けてみせます。
身振り手振りで、
「Você gosta de peitos?」
あたかもお湯のことを質問するようなジェスチャーをしてみせますが、当然通じませんでした。
うーん、伝わらないか・・・
そんな雰囲気の顔で、残念そうに両手を広げます。
「なに言ってんのかぜんぜんわかんねえ」
「しっかし、いい女だな」
(ねえねえ)
(おじさんたち)
「ざぼ」
また肩までお湯につかりました。
洗い場を利用する自分のイメージが頭の中に膨らんできています。
(よかったね)
(こんな美人と混浴できて)
「What country are you from?」
相手の英語を無視しました。
あくまでも、
「Desculpe meus peitos são pequenos」
にこにこと表情で伝える以外に、言葉では意思疎通できないふりを貫きます。
洗い場にシャワーはありませんでした。
壁にカランの蛇口が付いているだけの洗い場です。
よく見れば、洗面器も置いてありません。
(私は、悪くない)
お湯の中から立ちあがりました。
全員の視線が、
(ひいいいん)
自分のアンダーヘアのあたりに集中します。
タオルを腰に巻きました。
横で結わえます。
そして、
「ざばっ・・・ざばっ・・・」
私ひとりだけ湯船から出ました。
髪を束ねていたヘアバンドを取って、かけ湯をしたときに使った桶をつかみます。
湯船のお湯をすくって、頭からかぶりました。
「ざばーっ」
3つ並んでいるカランの真ん中を選んでいました。
腰にタオルを巻いたまま、古そうなプラスチックのイスに腰かけます。
お風呂ポーチから、シャンプーのミニボトルを出しました。
中身を手のひらに取って、少し泡立てます。
(ばくばくばくばく)
曇ってほとんど見えないような壁鏡ですが・・・
鏡越しに背後の様子を確かめました。
後ろの湯船まで、2メートルぐらいしかありません。
そこに4人が並ぶように雁首を揃えていました。
湯船のふちに顔を載せるようにして、私の後ろ姿をじいっと『観察』している男たち・・・
(ばくばくばくばく)
髪にシャンプーをしました。
内心、異様に興奮を覚えている私がいます。
だって、
(私は、悪くない)
誰にも咎められるようなことはしていません。
髪全体に、やさしくシャンプーが泡立ってきました。
(あああああん)
カランのレバーを押します。
蛇口から、
「じゃー」
勢いよくお湯が出ました。
ツマミを捻って、ほどよい温度になるよう調整します。
(恥ずかしすぎるよ)
(できないよ)
数十秒で、ぴたっとお湯が止まりました。
再びレバーを押して、蛇口からお湯を出します。
「じゃー」
腰かけていたイスから下りて床にひざまずきました。
日本人なら、絶対にやるはずのない行動です。
お湯で直接髪を流そうと、もともと位置の低いカランの下に頭をもっていく私・・・
(ひいいいいい)
見事なまでの四つん這いになっていました。
腰に巻いたタオルの重ね目が分かれて、無防備にお尻がまる出しです。
そのまま、床につかないギリギリまで頭を低くして・・・
蛇口のお湯に当てました。
「じゃばじゃばじゃば・・・」
そのぶん後ろには、
(見ないでえ)
お尻を高々と突き出すような格好になっています。
「じゃば・・」
お湯が止まりました。
すかさず、もういちど片手でレバーを叩きます。
もう怖いものなどありませんでした。
(ああああん)
(みんなで見て)
大胆に、左右のひざ幅を開きました。
頭にお湯を当てて、
「じゃばじゃばじゃば・・・」
豪快に恥部をお披露目した姿のまま、シャンプーを流します
(嫌あああ)
(見ちゃイヤあああ)
「じゃばじゃばじゃば・・・」
まんべんなくお湯で髪を流したところで、姿勢を戻しました。
一気に羞恥の気持ちに襲われます。
(ひいいいい)
頭の中が真っ白になりかけていました。
このうえ、からだを洗うような余裕はありません。
立ち上がって振り向くと、
(ひゃああああ)
おじさんたちが私の顔を見て死ぬほどニヤニヤしていました。
「O que aconteceu?」
ヘアバンドで髪を束ねます。
そして、とぼとぼと脱衣場へと向かいました。
(ひいいいん)
(泣きそう)
「ザシャーっ」
曇りガラスの引き戸を通って、脱衣スペースに入ります。
その瞬間、からだがものすごいスピードで動いていました。
彼らも追うようにお風呂をあがってきて、いつこの脱衣場に来たっておかしくない・・・
その強迫観念との戦いです。
スポーツタオルを取り出しました。
ほんの10秒か20秒で、全身を拭き終えています。
(もう、いやいやいや)
(たすけて・・・助けて・・・)
私的には、完全に逃げるような感覚でした。
1分とかからずに服を着て、ひざをがくがく震わせながら靴に足を突っ込みます。
そして・・・
無事に、日常の世界へと『脱出』した私でした。
(PS)
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
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