よく見えるように、背中をぐーっと反らしてあげました。
頭を空っぽにして、
「シャカ、シャカ、シャカ・・・」
手もとでスポンジの音だけを立て続けます。
(恥ずかしい)
(死にたい・・・死にたい・・・)
さすがに限界でした。
こらえきれずに、よいしょという感じで立ち上がります。
(むり、むり、むり)
(もう振り向けない)
最後まで気を抜けませんでした。
そこにいるのは、何事もなかったかのような表情をした『見目麗しい』女です。
使い終わったスポンジをすすぎながら、
(もう、許して)
惜しげもなくオールヌードを披露し続ける、どこまでも自然体の彼女・・・
顔を見られるのが恥ずかしくてなりませんでした。
だからと言って、途中で演技をやめるわけにはいきません。
(ひいいん・・恥ずかしい・・・)
シャワーを出して壁の洗剤を洗い流しました。
表情を変えることなく、湯船と床にも淡々とシャワーノズルの先を向けていきます。
浴室内の洗剤を、すべて綺麗に洗い流しました。
最後に、立ったまま自分のからだにもシャワーをかけます。
(もうだめ)
(本当に、私もうだめ)
シャワーを止めました。
ノズルの部分を壁のフックに引っ掛けます。
「ガチャッ」
お風呂場のドアを半分ぐらい開けて、置いておいたバスタオルを取りました。
髪をもしゃもしゃ拭いてから、からだの表面も簡単に拭います。
そして・・・
ツマミをまわして、
「ストン」
ガラス羽のルーパー窓を閉めました。
(どきどきどきどきどき)
「ガチャッ」
お風呂場から出たとたん、ガクガクと全身の力が抜けてしまいます。
半ば、放心状態になりながら・・・
玄関前のスペースで、そのままひざから崩れ落ちていました。
背中の震えがなかなかとまりません。
(泣きそう・・・)
(・・・泣いちゃう)
われながら意味不明ですが・・・
その一方では、満足感でいっぱいでした。
(どきどきどきどき)
明日からは新しい町に移って、また最初の1歩を踏み出すことになる私・・・
再就職が決まるまで本当に大変だった・・・
でも、
(ようやく新しい生活が始まる)
(つらかった日々が終わる)
いろいろな思いが、一瞬にして錯綜します。
(ラッキーだった)
(最後の夜に、こんなにもドキドキできて)
そう、最後・・・これが、このアパート最後の夜・・・
(ああん、待って)
言いようのない焦燥感にかられました。
あらかじめ思い描いていたのは、お風呂場で覗かれるさっきまでのシーンがすべてです。
もう、何のプランもありませんでした。
それでも、からだが勝手に動いています。
からだにバスタオルを巻きました。
玄関前のスペースから、部屋に戻ります。
さりげなく外を見ると・・・
やはりいました。
自分の棟に戻ったあの人が、2Fの外廊下からこっちを見下ろしています。
(どきどきどきどき)
まだ終わってない・・・
まだ、どきどきできる・・・
部屋の照明をつけました。
その瞬間に、私のほうからは彼のことが見えなくなります。
でも、あの人からは・・・
私の姿もふくめて、はっきりと部屋の様子がまるわかりになりました。
(どきどきどきどき)
本当に何のイメージも浮かばないままのノープランです。
普段どおりに振る舞いました。
バスタオルを巻いたまま、顔に化粧水と保湿液をたたきます。
(まだいる)
(絶対にいるはず)
少なくとも私が下着をつけるぐらいまでは、あの人だってニヤニヤこっちを見ているはずでした。
いつものように、ゆっくりと髪にドライヤーをします。
「ヴィーーーー」
見られていることを意識しながらも、少しずつ冷静さが戻ってきていました。
心の中で、相手に問いかけます。
(そうやって他人の生活を覗くなんて)
(自分がひどいことしてるって思わないの?)
私は悪くありません。
悪いのは、人の部屋を覗いているあの男性のほうです。
間違いなく見下ろされているはずでした。
距離はせいぜい7~8メートルです。
ドライヤーをとめて、からだに巻いたタオルを外します。
(ああん、イヤあ・・・)
畳のうえにぺたんと座ったまま、保湿クリームのボトルに手を伸ばしました。
お行儀悪く脚を開きながらも、お風呂上がりの『素っ裸』です。
(ねえ、あなたの会社に)
(こんなにすらっとした女いる?)
全身にクリームを伸ばしていきました。
あの人は・・・
確実に向かいの外廊下から私のことを見ているはずです。
何も知らずに、丁寧に、丁寧に、真っ裸のままボディケアをしてみせる私・・・
(ねえねえ、私のことを見下ろしながら)
(いま優越感でいっぱい?)
それこそ言葉では上手く表現できませんが・・・
不安と高揚感とがないまぜになったまま、あふれるように胸苦しい感情がわきあがります。
見られているという被虐的な快感に・・・
(どきどきどき)
部屋のすみに置いてあったビニールの包みを開けました。
中からぬいぐるみを出します。
どうしてこんなものがあるのかについては、省略しますが・・・
以前に人からもらった大きな熊のぬいぐるみでした。
要らないので引っ越しを機に捨てようと思ってまとめておいたものです。
ぎゅうっと抱きしめました。
クマちゃんの口に顔を押しつけて、むちゅーっとキスをします。
(どきどきどき)
こんな行為を見られていること自体が屈辱でした。
まるで抱きまくらのようにしがみついて、ぬいぐるみに顔をうずめます。
(ああん)
クマちゃんの顔を、自分の胸に押しつけました。
男に見られているとも知らずに、うっとりした顔になってみせます。
そうかと思えば、
(あああああ)
おもむろにそのクマちゃんを股にはさむ私・・・
いやらしく腰を動かしてみせました。
(見られてるのに)
(恥ずかしい。。。)
ぬいぐるみを放り出して仰向けになります。
畳のうえで『大』の字に寝転びました。
天井で輝いている蛍光灯の白さが、やけに眩しく感じられます。
(あああ、まる見えだ。。。)
ずいぶん明るいな、と思いました。
自分の意思とは関係なく、涙がぼろぼろ溢れてきます。
そして股間に手を伸ばす、私・・・
男に覗かれたままオナニーをするのは、生涯これで何度目でしょう。
こんなことに喜びを見いだしている愚かな女がこの私でした。
もしかしたら自分は本当に変質者なのかもしれない・・・
そんな惧れを脳裏によぎらせながらも、頭の中では真っ向からそれを否定している私がいます。
(私は悪くない)
涙を流しながら指先を震わせて・・・
燃え尽きるまでひとり激しく悶えてみせる、孤独感でいっぱいの『私』でした。
(PS)
翌日、何事もなかったかのように引っ越しをすませて・・・
いま現在の私は、もう新しい町にいます。
長文にお付き合いいただいて、ありがとうございました。
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