うーん。これはどっちかというと、「イベント体験」のほうかなぁ。ま、
いいか。皆さんの中には外国人の方相手にRされた経験をお持ちの方も結構
多くいらっしゃると思いますが、自分にとってのそんな体験は2度ほど過去
にありました。いずれもちょっと苦い体験みたいな結果だったので、こちら
に書くことにしました。今日はそのうちの1件めを紹介したいと思います。
<85年つ○ばエクスポにて>
中学3年のときでした。家族旅行でI県の某万博に行きましたが、これは
前からすごく楽しみにしていたイベントでした。
このときの私はR歴7~8年になっていましたが、この日ばかりはRの事
をすっかり忘れて、無邪気な1少年へと戻っておりました。
平日、しかも万博開催ももう後半に入ってきているということもあり、
比較的人が少ないだろうということでこの日見に行くことになったのです。
その予想どおり、係員にきいたところ、最盛期よりグンと見学者が減ってるから今日はそれほど並ばなくて大丈夫だろうとのことでした。
もう私も迷子になるような年齢ではなかったので、昼飯は正午に駐車場集合してから、ということに決めて、めいめいで好きなパビリオンをまわるこ
とになったのです。
1つめの人気パビリオンは1時間ほど並んで見学し終わりましたが、せっかちな私はこの1時間の待ち時間でもうウンザリしてしまいました。楽しみ
にしていた万博でしたが、実際にこうして知らない人たちと意味もなく
ボーッとつっ立っているのが苦痛でしょうがありませんでした。
小休憩したあと、次はうんと空いている不人気パビリオンにしようと決め
て某パビリオンに入りました。
展示物はけっこう面白いのに割とすんなり入れた私は機嫌も直り、珍しい
展示品を興味津々で見てまわりました。かなり暗い館内で、迷路のような
狭い通路が入り組んだようなパビリオンでした。
ある展示品をへえ~なんて言ってながめていて、ふと気がつくと私の隣に
いつの間に来たのか、1人のきれいな白人女性が立っていました。
正確な年齢は分かりませんでしたが、たぶん18~20歳くらいでしょうか。ブロンドで碧眼のスタイリッシュな美人でした。私は田舎中学生でしたので外国人女性、しかもこんな美人を間近でみるのは初めてでした。
展示品を見るのも忘れて、ぼーっと彼女の端整な横顔に見とれていました。彼女は私のことなどまるで気にせずにただ展示品に見入っていました。
そうしているうちに私の眠っていたR魂がムラムラと甦ってきたのです。
気がつくとカチカチにBしたPをチャックから出して彼女の真横に立って
いる自分がそこにいました。
彼女はすぐ右手にBチ○ポがさらされてるのに、全く気がつきません。
私がPをゆっくりしごきはじめてもまだ展示品に夢中です。だんだんとイキ
そうになり、たまらず彼女に声をかけました。
「エ・・・エクスキューズミー・・・。」
彼女が笑顔で「イエス?」と言ってこちらを向くと、すぐそこにはBチ○ポ
が!私のPを凝視したまま2~3歩後ずさりし、端整な顔をゆがめながら、「ノォオオオ!ダディー!!ヘーーールプ!!」とびっくりするほどの大声
を出しながら入り口のほうへ走って逃げていきました。
発射寸前でOをやめた私は睾丸の鈍いいたみに耐えていましたが、そんな
悠長なことをやってる場合じゃありません。通路を出口に向かって全力疾走
しパビリオンを脱出すると、人ごみに紛れ込みつつ駐車場まで走りました。
正午近くになり家族が車にやってきましたが、あのパビリオン付近で
今現在起こっているであろう騒動を思い、不安と緊張でゲーゲー吐いてしま
いました。
結局、あまりにも私の体調が悪いということで午後の万博見学は中止に
なってしまいました。結果的にはRがバレずに助かったのですが、楽しい家族旅行は私のせいで台無しになりました。しばらくは、しゅーんと反省して
いたのですが、それから何日かするとあのときの興奮が繰り返し頭をよぎる
くらいに回復していました。
初めて外国人女性にPをさらしたあの興奮。彼女のリアクション。Pを
チャックから出してから彼女が気づくまでの何ともいえない緊張感。それら
を思い出しつつ、せっせとOに励むいけない中学3年生なのでありました。
__________________________________
追伸 今開催されている万博はこのときとは比べ物にならないほど警戒が
厳重になっていますので、こんな無謀なRは不可能でしょう。
いや、やろうと思えばできるとは思いますが、私自身そんな度胸はありま
せん。Rできたはいいが、無事、生還できる確率は極めて低いでしょう。
ちなみに私の座右の銘は、某探検家のつぎの言葉です。
「冒険とは、生きて還ること。」
次回は、つまらないですが東南アジア系女性に関する苦い体験を書きます。