こんばんは、恭子と申します。いろいろな方からご心配をいただいていたのですが、ようやく次の仕事がみつかりました。正直、やっとだよって感じです。来月から働くのですが、交通の便などを考えて転居しました。その引っ越しの直前のことを書きます。つい先日まで私が住んでいたのは、かなり築年数の経過した2階建ての古いアパートでした。海外からひとりで帰ってきた身としては、それでじゅうぶんだったからです。昔からの友人が近くに住んでいるということもあって・・・どうせ次の就職先が決まるまでだからと、完全に割り切って入居した住まいでした。まあ、結果的には1年近く住むことになってしまいましたが。まさによくある感じの昔ながらのアパートで、まったく同じ建物が2棟並行して建っているようなタイプです。私の部屋は2号棟にありました。1Fのいちばん奥の部屋です。短大時代に一人暮らししていたころの自分を思い出すような、1Kの狭い間取りでした。建物自体は古いのですが、何かのタイミングで一度はリノベートしたのでしょう。中は小綺麗で、生活していくうえで不便な点はありませんでした。部屋の外には、いちおう小さなベランダもあります。その数メートル向こうは、同じように並行して建っている1号棟の建物でした。窓からの景色は、1号棟1Fの外廊下という殺風景な眺め・・・それが、昨夏ひとりで帰国してからのあいだ私が住んでいた賃貸アパートです。ちなみに、ベランダの向こうに見えている1号棟の外廊下には、目隠しがついていました。フェンスのような部分に、半透明の樹脂板(?)がはめ込まれているような形状です。ですから、あちらの通路を住人が歩いているときは、曇りガラス越しのシルエットのような感じでその人影がこちらから見えていました。フェンスの下のほうは、ちゃんと風が抜けるように規則的な間隔で空間があいています。とはいえ、その隙間の位置自体は低い場所にあるので、向こうの1階の外廊下を通る人が2号棟の部屋の様子を見ることは不可能でした。たとえその隙間から外に視線をやったとしても、目の前に2号棟のベランダ壁があるだけのことです。そういった意味では、あっちの人にこちらの部屋の中を見られてしまうような心配はありませんでした。そう・・・あちらの『1階』の人には。2階からだと、事情はかわってきます。外廊下は、1階とまったく同じようなつくりでした。ちょっと腰をかがめて・・・足もとのその隙間の部分からひょいと外に目を落とせば、ちょうど2号棟1Fの部屋を見下ろせてしまう状況です。私は、だいぶん前からそのことに気づいていました。普段は、きちんとカーテンをかけて生活していましたから何の問題もありません。でも・・・再就職が決まって、その数日後にはすぐに転居先も決めてきた私・・・私は知っていました。真向かいの2階、つまり・・・1号棟2Fのいちばん奥の部屋には、若い男性が一人暮らしをしているということを。そして、朝の出がけのときと帰宅時には・・・必ずその空間からチラッとこっちを見ていくということも。嘘じゃありません。私は、人一倍こういうことに嗅覚がきくのです。・・・なぜかって?昨年の夏以降、私の心の奥底には常に『いけない欲求』が渦を巻いていました。渓谷の野天温泉に行ったときもそう。海外旅行に行ったときも。逆説的かもしれないけれど・・・ああいう体験を重ねていくほどに、かえってプライバシーには過剰なほど敏感になっていくものなのです。業者にも手続きを済ませて、引っ越しは翌週へと迫っていました。その少し前ぐらいから、どんどん『いけない』イメージを膨らませはじめていた自分がいます。(あああ、どきどきしたい)着々と転居の準備をすすめていました。一方では・・・それまでは絶対に部屋干しにしていた下着類を、あえてベランダにも干すようになっている『私』がいます。(この部屋には女が住んでるよ)
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よく見えるように、背中をぐーっと反らしてあげました。頭を空っぽにして、「シャカ、シャカ、シャカ・・・」手もとでスポンジの音だけを立て続けます。(恥ずかしい)(死にたい・・・死にたい・・・)さすがに限界でした。こらえきれずに、よいしょという感じで立ち上がります。(むり、むり、むり)(もう振り向けない)最後まで気を抜けませんでした。そこにいるのは、何事もなかったかのような表情をした『見目麗しい』女です。使い終わったスポンジをすすぎながら、(もう、許して)惜しげもなくオールヌードを披露し続ける、どこまでも自然体の彼女・・・顔を見られるのが恥ずかしくてなりませんでした。だからと言って、途中で演技をやめるわけにはいきません。(ひいいん・・恥ずかしい・・・)シャワーを出して壁の洗剤を洗い流しました。表情を変えることなく、湯船と床にも淡々とシャワーノズルの先を向けていきます。浴室内の洗剤を、すべて綺麗に洗い流しました。最後に、立ったまま自分のからだにもシャワーをかけます。(もうだめ)(本当に、私もうだめ)シャワーを止めました。ノズルの部分を壁のフックに引っ掛けます。「ガチャッ」お風呂場のドアを半分ぐらい開けて、置いておいたバスタオルを取りました。髪をもしゃもしゃ拭いてから、からだの表面も簡単に拭います。そして・・・ツマミをまわして、「ストン」ガラス羽のルーパー窓を閉めました。(どきどきどきどきどき)「ガチャッ」お風呂場から出たとたん、ガクガクと全身の力が抜けてしまいます。半ば、放心状態になりながら・・・玄関前のスペースで、そのままひざから崩れ落ちていました。背中の震えがなかなかとまりません。(泣きそう・・・)(・・・泣いちゃう)われながら意味不明ですが・・・その一方では、満足感でいっぱいでした。(どきどきどきどき)明日からは新しい町に移って、また最初の1歩を踏み出すことになる私・・・再就職が決まるまで本当に大変だった・・・でも、(ようやく新しい生活が始まる)(つらかった日々が終わる)いろいろな思いが、一瞬にして錯綜します。(ラッキーだった)(最後の夜に、こんなにもドキドキできて)そう、最後・・・これが、このアパート最後の夜・・・(ああん、待って)言いようのない焦燥感にかられました。あらかじめ思い描いていたのは、お風呂場で覗かれるさっきまでのシーンがすべてです。もう、何のプランもありませんでした。それでも、からだが勝手に動いています。からだにバスタオルを巻きました。玄関前のスペースから、部屋に戻ります。さりげなく外を見ると・・・やはりいました。自分の棟に戻ったあの人が、2Fの外廊下からこっちを見下ろしています。
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