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「待って」
彼女は体を離して血管の浮き出たペニスを掴むと、もう片方の手でショーツを粗雑に下げ、少し開いた脚の間に強引に持っていく。肉棒でひだの周りを掻き回し、これをセンターラインに強く押し付けると、先端にヌルっとした感触があって入り口が押し拡がり、亀頭の周りがこれまで体験したことのない何とも言えない温かさに包まれる。
本当にもう限界だ、と思うと同時に、恥ずかしながら、そこで初めて、自分が公共の場で精子をぶちまけそうになっている事態に気が付く。過度に緊張したまま彼女との営為を重ねてきた結果、いつの間にか生理的に折り返せない地点をとうに過ぎてしまっていて、もはや大なり小なりそれが飛び出してくるのは時間の問題だった。
精子とは、少なくともその時点の僕にとっては、不浄で恥ずかしくて忌避すべき存在であり、ひとたび体内から出てきたら人目を避けて真っ先に処理すべきものだった。オナニーの時も特にそれを観察したり吟味したり興味を向けることはなく、”出口”ですぐに紙に受け止め真っ先に捨てるのが常であった。だから、それが手や衣服につくなど、便を漏らすのと同じ位に恥ずかしいことだし、ましてや他人に掛かるなんて、絶対に避けなければならない。ハンカチに出すとかズボンの中で暴発させるとか…最低でも壁に向けるなどの対策をしなければ。そう思って、彼女の手をとり、股間部の陰茎から引き離した。
ところが、彼女はその手首をさらりと返して僕の手のひらを握ると、瞬く間にもう片方の手も捕まえて、僕を腕ごと自分の方へと引き寄せた。女性にもこんな力があるのかとちょっと驚くくらいの腕力を使って僕の両腕をロックし、腰と腰を強く突き合わせる。骨盤がぶつかる衝撃とともに、今日イチバンの圧力を乗せた陰茎が再び縫い目を貫き、彼女の顔が歪む。
ここまで彼女と肌を重ねる中で分かってきのは、性器が強くこすれあうこと自体、物理的に特別気持ち良いというわけではないと言うことだった。その代わり、彼女が僕を引き寄せるとき、あるいは陰部を僕に押し付けるとき、自分がオトコとして求められていることが強く意識され、激しく感情が揺さぶられる。彼女の期待に応えなければという刹那的な気持ちが湧き上がり、全身からオスの本能のようなものが呼び覚まされて、体ではなく、脳が痺れていく。それは、二人の境目にかかる圧力が大きければ大きいほど増幅されるので、つまり今、最高潮に達していた。
高リスクな行為ができる最初で最後のタイミングと見て、我慢していたものを爆発させるように、彼女が大きく腰を振り始める。僕の形を知り尽くした彼女の粘膜は、リニアな前後運動ではなく、よじれながら、艶めかしく、ゆっくりと動く。腰のあたりに手が回ってくると、彼女が僕を見て小さくうなずいた。「(出して)いいよ」。
僕はそこで果てる覚悟を決め、一度腰を後ろに引くと、大きな最後のストロークを彼女に供した。彼女の顔が、求めていたものが充足される喜びでいっぱいの表情に染まっていく。僕の腰は1,2度往来しただけだったが、興奮の高まりに、二人して声もなく絶叫する。そして、腰に回った彼女の腕がぎゅーっと僕をホールドした瞬間、僕の脳は点火された。
体中に電気が走り、膣の入り口めがけて精子が体の中を駆け抜けていく。反り上げたペニスが激しく脈を打ち、自慰では経験したことのないような量が溢れ出る。一世一代のチャンスを錯覚した脳は初手だけで飽き足らず、4回、5回と自身のコピーを送出するので、途中、刺激に耐え切れなくなった下半身がヒザからかくんと落ちる。僕をホールドした彼女の粘膜は、密着を解くことなく追従して、溢れ出る熱いものを受け止め続けた。
「(出ちゃったね)」
遅れてきた脈から最後の一滴が絞り出されたのを確認すると、ペニスを挟んだまま、彼女は薄く目を閉じた。余韻に浸っているようで、固さの残ったペニスを前後して愛でている。性器と性器がいよいよ摩擦なくこすれ、一帯が同じ温度を持った連続的な空間として二人から遊離していく。そこから彼女のビビッドな熱源を感じ取ることは、もはや不可能だったが、代わりに自分たちの体表よりもずっと熱いモノを纏ったお互いの生殖器が、股間の猥狭なスペースに同居して貼り付きあっている感覚がある。僕たちがこの数十分間で育んできた秘密の三角地帯は、あたたかな粘液に包まれ、気持ちよさと気持ち悪さが同居した奇妙な空間になっていた。
電車がブレーキをかけ始め、放心に身を任せるばかりだった僕も、現実に引き戻される。ツーっと熱いものが脚の間を流れる。ショーツから漏れた精子が太ももを伝っているに違いない。O駅はなぜかかなり手前から減速してゆっくりと徐行するので、到着まではまだ時間はある。とはいえ、衣類の中で溢れかえった粘液を処理するのにどれほど時間が必要なのか見当もつかない。
慌てて鞄からポケットティッシュを取り出し、ビニールの中の紙束を丸ごと掴んで、彼女の内股を拭く。彼女は無言で「ありがとう」と言ってそれを受け取り、ショーツと陰部の間の洪水地帯に差し込んだ。僕たちは、あくまで平静を装い、周囲を監視しながら、お互いに死角を作りあって順番に衣服を直していった。二人の間には不思議な信頼関係が出来上がっていた。
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