「避難所での寝泊まりは難しいかもしれないし、俺達は車の中でねよう、シートを倒せばベッドの代わりになるから」と言ってくれて、私達の分の毛布と枕を用意しました。金曜の夕方に私達は出発をし、私達は2時間置きに休憩し、運転は交代で千葉に向かいました。朝方に着き、武志は「まだ早いから、駐車場で少し仮眠を取ろう」と言ってくれて、私達は車の中で仮眠を取る事にしました。11時に母達が避難してる学校に向かい、体育館に母達が居て、母は私を見て「ナオミ~良く来てくれたわね武志さんもわざわざすいませんね」と言ってて「足は大丈夫?母さん」と私は泣くのを堪えながら言ったら「消毒をしたし、体育館にはお医者さんも1日おきに来てくれるから大丈夫よ?」と言ってて、近くには仲の良い近所の人がいるらしく、私はホッとしました。武志は父さんと一緒に、私の実家に行ってくれて、後片付けをしてくれました。お昼には避難所に戻って来て「お義母さんガラスや割れた茶碗を片付けましたからね?後は窓ガラスを直せば、元通りに住めますからね」と言ってくれて「ありがとうありがとう」と母は涙ぐんでました「窓ガラスは日曜日に、直るから」と言ってて「良かったね母さん」と言ったら、母はウンウンと頷いてました。土曜・日曜と私と武志は車の中で眠り、日曜日に窓ガラスが治ったので、私達はやっとの事で、実家に帰る事が出来ました。私は早速持って来たインスタントで料理を作り、ミネラルウォーターでお茶を入れてあげました。母は「やっぱり家が良いわね」と笑ってて「暫くはお風呂に入れないわね」と言ったら「近くの銭湯が無料で入って良い事になってるのだから心配ないわよ」と言ってて「二人ともありがとう…本当に助かったよ、子供達にも悪い事をしたな」と父はしょんぼりしてて「子供達は、早く行ってあげてって言ってくれましたよ?全然悪く無いですよ?お義父さん困った時はお互い様なんですから」と言ってて、父の目には涙が浮かんでました。その日夜やっと車の中ではなく、畳の上で眠る事が出来ました。次の日に、私達は母達と別れ、別れ際に私は「今度はゴールデンウィークに来るからね?」と言ったら「ありがとう待ってるよ」と父は言ってくれて、私は頷き、出発をしました。
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