通り魔に殴打されたという夫婦が被害届を出しに来た。しょうもない事件は
大抵俺に回ってくるのだ。俺のところにくるということは、残念ながらこの
署は事件を解決する気がさらさらないということだ。
聞き取りに取調室を使う。相手が被害者でもこの部屋に入ると俺の方が強く
て偉い人間に思えて愉快だ。捜査に必要だといって何でもほじくるように聞
く。相手の反応を見ると本質が見えてくる。真実なのか、ウソなのか位はこ
の仕事を長年していればイヤでも見えてくるのだ。
窓口の若い奴に案内されてきた夫婦を見て驚いた。旦那も嫁もかなりデキの
いいタイプだった。旦那のスーツには全くくたびれた所がない。靴まで丁寧
に磨かれている。
この旦那はキレ者だが、そのよく切れる刃で嫁の心も何度か切り捨てたこと
があるに違いない。嫁の顔を見れば分かる。被害にあって下を向いているん
じゃない。旦那に従う立場にさせられてこんな顔になるんだ。あまり幸せじ
ゃないなこの女。清楚な面立ちを見ていると、無性にいじめてやりたくなる。
化粧を厚めにして顔の痣をごまかしているが、顔はごまかせても心の傷はご
まかせない。どう見ても性犯罪の被害者にしか見えてこない。老いぼれの俺
の息子がにょっきりと立ち上がってきた。
旦那が一方的に被害の状況を説明する。嫁を守ろうという意識がそうさせる
のだろうが、俺が嫁の心に入り込もうとすると即座に遮って入り込んでくる。
駅からの帰り道に見知らぬ若い男が一人、すれ違いざまにいきなり殴りかか
り、何発か殴って逃げたという。金も奪われていないし、貞操も無事だった
と強調する。俺が本当に被害はそれだけですかと嫁に問えば、嫁は下を向い
たままそれだけですと静かに答えた。この嫁は真実を話していない。そして
この旦那も真実を把握していない。一通りの聞き取りを済ませて夫婦を見送
った後、俺はいそいそとコートを着て表に出た。この署じゃ用なしの俺の行
動など誰も気に留めることはない。
(つづく?)
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