被害を受けた女は高度な嘘はつけない。遠い場所で暴行を受けた可能性はな
い。あの顔で電車に乗ったり、タクシーに乗ったりはしていない。昨夜駅か
ら家までの間で被害にあったはずだ。嗅覚を研ぎ澄ませて女の匂いを追う。
そして俺の勘は見事に当たるのだ。住宅街の中にアパート、下は駐車場、そ
の隅のコンクリートにツバを多量に吐きかけたような新しいシミ。体液の
付着を容易に想像できた。そして1枚のレシートを拾った。駅前のコンビニ
で昨夜9時前にパンとジュースを買っている。レジを打った販売員の名前
まで入っている。俺はレシートを持って昨夜と同じ時間帯にコンビニへと
入っていった。若い奴はあれだけ客が来ても昨日のこと位は覚えている。
パンとジュースを買ったのは容姿からしてあの女にまず間違いなかった。
そのままアパートに戻って聞き込みをする。こういう時だけは警察という
ロクでもない組織の人間であることに感謝もできるというものだ。ワイド
ショーやサスペンスが不滅なのがよく分かる。事件好きの女達はドラマの
登場人物になりきって、俺が聞いてないことまでベラベラ喋りたがる。
2階に住む太ったババアが見ていた。複数の若い男が駐車場でガサガサし
ているようだから、車でも傷つけられたらと思ってベランダからそっと下
を覗いたら、若い女といちゃついていた。夫に下に行って注意してほしい
と言っているうちに、いつの間にかいなくなっていた、という話だ。それ
は何か事件と関係があるのかと聞くから、それは関係ないと答えてドアを
閉めた。
これだけネタが揃えば十分。俺が追い詰めているのは犯人じゃあない。
老いぼれの目を引いてしまった美しく清楚な女。真実を隠して家庭の
幸せを必死に守ろうとする若い人妻を、奈落の底に突き落としたい欲望
がもう抑えられない。俺は正義の味方じゃない。悪魔だ。
(つづくの?)
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