痴漢被害者の場合-1
痴漢の被害にあった場合、大抵の女性は泣き寝入りのようだが、
偶に勇気を持った女性や、度重なる痴漢被害から逃れるため、
警察に被害届けを出す女性がいる。
こういう届けを受けた時は、事情を聞いた上で、警察の人間が同行して、
痴漢の現場を押さえ、現行犯逮捕することになるが、
問題は事情徴集や、現場検証の在り方にある。
ある被害者、由美さん(仮名)が被害届けを出した時のことである。
先ず事情を聞くためには、取り調べ等を行う部屋を使用する。
通常は、事情を聞き出す刑事と、調書を執る刑事もしくは事務官が対応する。
その時、先輩のK刑事が徴集役で、私は調書を執る役割を命じられていた。
調書は、先ず被害者本人の確認事項として、生年月日、住所等を調べ、
次に被害に遭った日時、場所、相手の特長などを確認する。
そしていよいよ、K刑事は核心の被害状況の確認に入った。
「今からお尋ねすることは、痴漢犯人を捕まえて有罪にするために、
非常に重要な事ですから、包み隠さず正直に、そして出来るだけ詳しく教えて下
さい。」
「はい・・・、わかりました。」
被害者の由美さんは、男性刑事2人に監禁されたように、おどおどしながら答えて
いた。
「では先ず、被害に遭った時の服装はどんなでしたか。」
「あのう・・・、ブラウスとスカートでした。」
「ブラウスはどんなものですか。生地とか色などは?」
「夏物で、淡いピンク色でした。」
「夏物だということは、かなり薄いはずですから、下着は透けていたんじゃないで
すか?」
「は・・い、たぶん・・・」
「スカートはどうですか。丈の長さや、タイトなのか、ふわっとしたものなのか。
」
「今履いているスカートと同じだったと思います。」
「それじゃ、立ってよく見せて下さい。検証を行いますから。」
そう言うと、K先輩刑事はメジャーで、女性の履いているスカート丈を計り始めた
。
そして私は、それを克明に記録していった。・・・もう一方の調書に。
「いろいろと計りますから、動かないで下さい。
膝上15cm、裾幅50cm、ちょっと手を上に・・・、腰回り60cm、
失礼、股下寸法を・・・・」
そう言って、メジャーを彼女の股間に押し当てた。
「きゃっ! やめて下さい。」
由美さんはあまりのことに、悲鳴を上げて後ずさった。
しかしさすがベテラン刑事だけあって、その程度のことでは一歩も引かない。
「動かないと言ったでしょう。協力して下さいよ。」
そして強引に、スカートの股下丈を計ってしまった。
「さあ、もう済みましたから、お座り下さい。」
彼女は、顔を真っ赤にしながら、スカートの裾を押さえながら座った。
「さあ、では痴漢だと気付いたのは、どこを触られた時ですか?」
「は・・い、あの・・・、お尻を触られた時です。」
「どんな風に触られたのですか。手の平? 手の甲? それとも指で?」
「たぶん、手の平だったと思います。」
「たぶんというような、曖昧なことでは正確な調書は作れません。
その時のことをよーく思い出して、微細漏らさず教えて下さい。」
「あの・・・、手の平で、お尻を揉むような感じでした。」
「触られたのは、スカートの上からだけですか?」
「い・・いえ・・・、中にも・・・手を入れられました。」
「スカートの中まで手を入れられて、下着を直接触られたのですね?」
「は・・・はい、そうです。」
「その時履いていた下着の類は?」
「えっ・・? そんなこと・・・まで・・・」
「由美さん、微細漏らさずとお願いしたはずですね。
一見不必要と思われるような事柄でも、それが重要な手がかりになることもあり
ます。
どうか、正直に答えて下さい。 その時、ガードルは着けていましたか?」
「いえ・・、ガードルは、着けていません。」
「そう・・、それじゃパンストとパンテ・・・、あっ、パンティは履いていたでし
ょうね?」
「・・・・・!! あっ・・・当たり前です!!」
「いやぁ、これは失礼。最近はノーパンなんてのもいるものでして・・・」
K刑事が、要領よく事情を聞き出す側で、私は詳細に調書を埋めていった。
「次は・・・パンティの色・・・、まあ、これはいいか・・・。
それじゃ、パンストの上から触られたのですね、どこを?」
「あっ・・・と、お尻です。」
「お尻だけですか? それ以外は触られなかったのですか? 正直にお願いします
ね。」
「そ・・・その・・・、ま・・・前・・・も・・・・」
「前というと、陰毛が生えている部分ですか?」
由美さんは顔を真っ赤にして、小さく肯いた。
「お尻と前と・・・、それ以外はどうですか?」
「い・・・いえ・・・、あ・・・あの・・・・」
「お尻から前にいく、その途中の部分もあったでしょう?
そこも触られたのですね? 股間の中心部も・・・?」
由美さんは増々項垂れ、辛うじて肯定する仕草を見せました。
「でも不思議ですね。足を閉じていれば、あそこは簡単には触れないはず・・・。
まさか、触りやすいように、足を開いたりしませんでしたか?」
ガタッガタン・・・!!
いきなり彼女は、椅子ごと後ずさった。
そして震える声で言った。
「そ・・・そんな・・・、ばかなこと・・・
そんなこと・・・、するはず・・ありません!!!」
由美さんの目には涙が光っていた。
「まあまあ、そんなに興奮しないで、落ち着いて下さい。
私は可能性を述べたまでで、何も痴漢を誘うようなまねをしたとは言ってません
。」
しかし彼女は、明らかに怒りで興奮していた。
「じゃ、今日のところはこれぐらいにしておきましょう。
また後日、お話を聞かせていただきますから、もうお引き取り下さって結構です
。」
由美さんが、逃げるようにして取調室を出ようとした時、
もう一度K刑事が声を掛けた。
「次回は、現場検証も兼ねて行いますので、痴漢に遭った時の服装で来て下さい。
」
『現場検証』などという言葉を聞いて、私は耳を疑った。
現場検証というのは、実際に犯行が行われた場所で、その犯行を再現することであ
る。
そしてそれは、殺人とか強盗など、現場での実地検証が不可欠な事件の場合であっ
て、
痴漢行為のようなことまで、いちいち現場検証するようなことはないのである。
しかし、先輩刑事の指示に口出しすることは、この世界では御法度、
というのが従来からのしきたりであった。
-つづく-