昭和40年代のはじめですが、父がいなかった私の家は本当に貧しかったです。
住んでいたのは地方の温泉地で、母は旅館で働いていましたが、お客さんを相手に春を売っていました。
それでも借金で苦しく、小学3年生私も旅館の仕事の手伝いをして僅かですが母を助けていました。
ある日、母娘で旅館でアクロバツトのショーに出てお金を稼がないか?と言うことを言われて、すぐにお願いしました。
母は簡単なポーズ、私は身体は柔らかい方でしたから中年の女の先生から指導された本当のアクロバツトの演技をするのです。
演技はすぐ出来るようになりました。
ただ演技は母、私とも全裸でした。
まだ思春期前で本当の羞恥心は無かったはずの私ですが、大広間のステージに全裸で立つのは恥ずかしいより恐い気持ちで、なかなか慣れることはありませんでした。
母も全裸で大人のおまんこを大きく広げてお客さんに見せるのは辛かったみたいです。
普通は二人でのショーの後、私だけ退場して母が残されるんですが、かなり酷いこともさせられました。
1年ほどして、私達の母娘のショーが裏の名物になってしまい、私が10歳で女にされたのも舞台の上でした。
その頃は舞台での恥ずかしさ痛さなどは貧乏だから仕方ないと割りきっていましたが、学校でいじめられたりする方が辛かったです。