私は、叔母が好きではなかった。
私の母親の姉とは思えない程の、強欲で心の貧しい女性だった。
母親も、自分自身の姉ながら、褒められたものじゃない…と言っていた。
その叔母からは、お正月のお年玉、入学祝い等その類のものは貰った事がない。
でも、私の母親は、そんな叔母達夫婦に色々と世話を焼き、贈り物も欠かさない。
イヤだった、そんな叔母の家に行く事さえも。
ある時、叔母の子供が私の家に来て、部屋の中で転んだ。
「大丈夫?」
「うん。」
私がケガを心配すると、叔母が怒鳴り出した。
「ちょっと! 下手に触らないでよ! ばい菌でも付いたら大変だから。」
本当に、イヤな叔母だった。
「まったく、こんな所、来ない方がよかったね。」
私は心の中で、「二度と来ないで!」と叫んだ。
そして、或る日曜日、私が家で勉強していると、叔父がやってきた。
「お父さん、いませんよ…。」
叔父がここに来るのは、父に用事がある時くらいだ。
すぐに帰るだろう…と思ったら、叔父が靴を脱いであがりこんだ。
「今日は、遅くなると思いますけど…。」
普通、叔父・叔母には砕けた言葉使いが出来そうだが、この叔父・叔母には距離を置いて話してしまう。
「今日は、アンタに、謝りに来たんだ…。」
「えっ?」
私は、意外だった。
だって、叔父に謝って貰う理由はない。
「ごめんな、ウチの母ちゃんが、アンタに意地悪い事言ってさ…。」
何となく頼りなさそうな、ぼうっとしたような叔父だったけれど、結構、見直した。
「そんな事を言うために、わざわざ、こんな時刻に…。」
「いやあ、他に誰か居る時じゃ、アンタにも言いにくいし…。」
話しを聞くと、叔父も叔母の性格に困っているらしい。
そこに電話がかかってきた。
「はい…。」
「ちょっと、おそらく違うとは思うけれど、ウチの父ちゃん、そっちに居ないよね?」
叔母からの電話だった。
私は困った。叔父は、ここに来ることを行っていないようだった。
私が叔父を見ると、叔父は、手を横に振った。(居ないと言ってくれ…とでも言うかのように…)
「あっ、こちらには来ていませんが…。」
「あっ、そう。」
電話が切られた。
「ウチの母ちゃん?」
「はい…。」
叔父は、もう一度私に謝ると、玄関を出た。
私は、叔父が気の毒に思えた。
そして、次の日曜日。
私は、思わぬ事に…。
その前の日曜日に叔父が来たのと丁度同じ頃、今度は叔母が来た。
「この、泥棒猫が!」
訳の分からぬ言葉、叔母が叫んでいる。
「どうしたんですか?」
そう言うと、いきなり床の上にあったスリッパを投げつけられた。
「何を! するんですか?」
「それは、お前の方だよ!」
叔母は家の中にあがりこみ、私の首を掴み、突き飛ばした。
「痛い…。」
頬を叩かれ、服を脱がせようとしている…。
「やめてっ!」
すごい形相の叔母、もう、(放送禁止用語で言えば)気違い状態だった。
「ウチのを誘惑したろっ!」
完全に勘違いしている叔母、私は殴られるままにはしておけず…。
逆に、叔母の首を掴み、向こうへ追いやった。
叔母も畳の上に投げ出される形に…。
「何すんだあ! このオンナ!」
叔母が再び向かって来た。
鈍い音とともに、目元の上に痛みが走った…。
気絶したわけではないと思うが、気づいた時は、両親が帰っていた。
「大丈夫かい?」
心配そうに語りかける母。
「お母さん…。」
「ごめんよ、しょうがない…オバサンだよ。」
事情を辿ると、その前の日曜日、叔父が家に来て、帰る所を近所の人が見たらしい。
その人が親切にも、叔母に「この前、ダンナさんが来たみたいね…」と言ったようだ。
それを、叔母が勝手に叔父の浮気だと勘違いし、私にその恨みを向けた…。
まったく、とんでもない叔母だ。
「お母さん、私、もう叔母さんとは会いたくない…。」
私は不覚にも、母を責めるみたいに、そんな事を言ってしまった。
「本当に…ごめんよ。」
叔父が、次の日の夜、また私の家に来た。
そして、私達の前に座りこみ、頭を下げた。
むせび泣くように、ただ謝るだけだった。
叔父が小さく見えた。
私は、叔父の方こそ、可哀想に思えて仕方なかった。
だって、叔母は母の実姉。
叔母の悪口を言うことなく、ただ謝るしか…。
私は、叔母の中に居る悪魔を殺したかった。