覚えてないんですけど私が5歳の頃に母は家を出て行きました。今思うと父からのDVが原因だと思います。
貧乏ですし、空き家が目立つボロアパートに住んでましたから、母は経済的に私を連れていけなかったんだと思います。
父は小さな建設会社の平社員でした。母が出て行く少し前から保育園にも行かせてもらえてない私は、日中部屋から出るなとキツく叱られてる記憶しかなく、母がいなくなってからは毎晩イライラするとお酒を飲んで私を横で正座させるのが日課で、痺れて崩そうとすると胸の乳首あたりをつねられました。痛くて泣くとお風呂に沈められて意識朦朧とした中放置されたこともあります。
小学校に上がって母が蒸発したことだけを知っている近所のおばさんが子供の服やランドセルのお下がりをくれて学校に通うことができました。
父はいい格好しいなので、おばさんにはニコニコと下手に出て助かりますと感謝していましたが、私には当て付けか、と怒り服を脱がせて家では全裸でいなければなりませんでした。
父は怪我や痣になる暴力を時々しか振るいませんでした。今思うとずる賢く小心者で、確実に私を最小限の力で痛めつけることを日々考えていたようにも思います。
父が座れ、というと私は両腕を後ろにして正座します。その状態で一番されたのは両乳首をつままれねじられることです。激痛ですが声を上げるとお風呂場行きか他の地獄が待ってます。
必死に耐えますが、父は無意味な罰を与えたいがためにそのうち洗濯バサミで挟んでみたりライターでさっと炙られたりして声を上げずには居られず次なる罰が与えられます。
拳骨だ、と称して足を開いて寝そべった私の片足を持ち上げ、もう片方の足に父が乗り足を閉じられなくしてからアソコに中指を少し出した拳を押し付けるのが堪らなく苦痛でした。
小学校にあがって人前で脱ぐこともあったのでアソコと乳首、たまにお尻でしたが、そこは外からは見つからない父にとっては虐待しやすい場所なんだと思います。
小学校高学年に入り、私の胸も膨らみかけていた頃、父の虐待はどんどん違う方向へ向かって行きました。
全裸は相変わらずでしたが、無意味な罰がなくなりました。
罰が無くなったとはいってもそれが日常になっただけの話で、私は正座をすることがなくなった代わりに父に無条件で身体を弄ばれることになったのです。
ある日父が大きな手提げの紙袋を持って帰ってきてニヤニヤしながら言ったんです。「お前は逃がさないからな」と。
幼いながらも母の事を言ってるんだと思い、私は父よりも置いて行った母の事を恨んでしまうくらいに洗脳されていたと思います。
紙袋の中身は剥き出しのアダルトグッズで私への虐待は性的なものに変わっていきました。
まず、毎晩日課に父のおちんちんをしゃぶることが加わりました。必死にやってれば満足してすぐ寝てくれるので正直楽でした。
辛かったのが女にしてやる、と膣に指を入れられる事です。初めて入れられた時は痛みに暴れお風呂に沈められたので耐えるしかありませんでした。
ガニ股で立たされた状態で人差し指を膣に埋め込み中を乱暴に掻き回して私の乳首を吸うのがお気に入りらしく、そのあと興奮したらしゃぶらせて射精という流れがありました。
すぐにそれはだんだんエスカレートして、アダルトグッズも加わり始めました。
槌乳首やクリトリスの吸引
槌ちゃぶ台に大の字に縛られてアソコに電マ
↑二つが父のお気に入りでした。
痛くて気持ち良くもなんともなかったですが、ハンカチを口の中に詰められた上に猿轡をされてくぐもった叫び声をあげる私を父は興奮したようなニヤニヤした顔で見てました。
指を入れられるようになってから膣の中指に違和感を感じつつも痛みを感じなくなって泣かなくなった私に父はすぐにねじ込むように人差し指を追加しました。四つん這いになった私の膣に二本指を入れて電マをクリトリスに当てるのです。
痛みと強すぎる刺激に腰を逃すと、強烈なビンタがお尻を襲います。父の唾液がローション代わりで、何分かそれを耐えると指を引き抜き父はおちんちんを露出させました。
これを舐めれば終わると震える身体を起こして舐めようとすると髪の毛を掴まれて床に引き倒し、私の足の間に割って入りました。
性教育で習いましたからもうその意味はわかります。叫び声もあげられず、ひぇぇ、なんてか細い間抜けな声だけが喉を抜けました。
唾液を手のひらに吐いて、自分のおちんちんに塗ると私の割れ目に容赦なく突き立てます。断片的にしか覚えていませんが、おまんこは痛いを通り越して熱かったように思います。
小学6年生で私は処女を失いました。
長くなってしまうのでまとめますが、私は高校卒業して就職、目が覚めて逃げるまで全てを管理され、生理の時以外は家では全裸か父に与えられたアダルト系のランジェリーしか着させて貰えず、毎晩のように陵辱をうけてました。
逃げ出す前にはクリトリスは未成熟前から吸引されていたせいか小指の先っぽ程の大きさになってしまい、父に「女のくせにちんぽついてやがる、彼氏もできないな」なんて笑いながら指先でつまんでしごいたり、電マを当てられました。
腰を浮かせて土下座させられながらバイブをいれられて後ろからガンガン蹴られたりしたこともあったり。堕胎も一度経験しています。乳首は、小学生の時に使っていた名札を刺されその状態で長時間舐められたり弄られたり引っ張られたせいか化膿したこともあります。
書ききれないほど変態行為をさせられて、私はもう普通というものがわからなくなってしまいました。たまにされた事を思い出して自慰してしまい泣くこともあります。
今更父に復讐しようとかそんな気持ちも起きないです。他県に逃げましたし顔も見たくない。でもその過去を受け入れられたらどんなに楽なのか、そう思う日々です。