B(サブリーダー)
1971年5月生
主犯とは中学時代からの先輩・後輩の間柄。年上の主犯の体格を上回る身長約180cmの体格と眉毛まで剃り落とした細いつり目の凶悪な顔つきが特徴であり、まじめに学校生活を送っていた頃の面影は皆無である。
本事件での逮捕当時、出所したら少しでも(遺族に)償いたいと泣きながら言っていたが、これは彼の周囲の同情を買うための演技であり、実際は出所してもあまり償っておらず(しかも遺族に慰謝料を払ったのはとても愛娘を殺された遺族に対する慰謝料とは思えないくらいの少ない額であり慰謝料として払うはずのお金をなんと高級住宅やセルシオ(トヨタの高級車)の購入に使っていた)、セルシオを乗り回してドラ息子のような生活を送っていた。
また、かつての不良仲間も口を揃えて「あいつ、刑務所行っても、全然懲りてねえぞ。」と呆れ返っていた。後に知人を監禁、さらに暴行を加えた容疑でまたも逮捕される(この逮捕後に彼がコンクリ事件当時の少年B本人である事があきらかになった)。
コンピューター会社に勤めていた当時の勤務態度は非常に悪く、少年時代と素行の悪さは変わっていなかったため、彼をよく知っているヤクザからかなり怖がられていたようである。また、コンクリ事件を通報した(と思っていた)相手に逆恨みを抱いていた事から事件に対する反省のなさが窺える。
1999年8月、奈良少年刑務所を出所
中国人と結婚して、中国に行こうとするも離婚。
更正保護司と養子縁組。(実態のない養子縁組は違法:刑法157条公正証書原本不実記載となる)
2002年、コンピューター関係の会社に勤めるも退職。
暴力団事務所に出入りをし出す。
2004年6月、埼玉県八潮市で逮捕監禁致傷により逮捕。(供述時にかつての「少年B」本人である事が明らかとなる)
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