2025/06/21 11:20:20
(KwiOZaUz)
電車の中。クミは二人に視線を合わせたくなかったが、どうしても見てしまう。しかし、クミはあることに気づいてしまう。
「お前…橋本…文也?」
実は紺の制服の少年は、クミの小学校の頃の3つ下の後輩だった。
「…橋本くん…」
「あのすいません。あなた、どうして僕の名前を…
クミ…お姉ちゃん…!?」
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
文也の異変に気づき、すかさず文也を連れて逃げようとする深緑の制服の少年だが、視圧と「こういうシチュエーション、待ってたんじゃないの?」との言葉により、その場に座り込む。
「久しぶりだね、橋本くん」
「ひ、久しぶり…」
「何か楽しそうな話してたじゃん。私も混ぜてよ」
もちろん、橋本は答えられない。
「そっちの子、ちょっと席外して」
「あ、はぁ…」
深緑の制服の少年が去り、クミと文也の間に重い沈黙が落ちる。電車のガタンゴトンという規則的な揺れと、時折聞こえる停車駅のアナウンスだけが、その静寂を際立たせていた。文也は完全に委縮し、顔を真っ赤にしてうつむいている。
クミは腕組みをして、冷たい視線で文也を見下ろす。まるで尋問でもするかのように、ゆっくりと口を開いた。
「それで、橋本くん。楽しかったね、今の話」
文也はびくりと肩を震わせた。顔を上げようとしない。
「…あの、クミお姉ちゃん、その、これは…」
言葉を探している文也に、クミはさらに追い打ちをかける。
「『うちの従弟が通ってる高校の制服じゃないわね…』って思ったんだけど、まさか小学校の後輩だったとはね。世間は狭いね、文也」
文也はもう完全に観念したような顔つきで、小さく「はい…」と答える。
「佐久間宏子先生に飯塚先生、ずいぶん詳しいじゃない。それに『ガチ恋勢』って、流行りの言葉なの? 私、そういうの疎くてね」
クミの言葉は、氷のように冷たく、文也の心臓を直接掴んでいるかのようだった。彼は顔を真っ赤にして、さらに体を縮こまらせる。
「いえ、あの…その…」
「それに、『理科室に呼び出されてボコボコに殴られて体力消耗させられて、手コキとかでイカされたい』? 『生物部でうちのクラスの染谷くんは毎日これを体験してるだろうな』? なかなか具体的な描写だね、橋本くん」
クミはにっこりと微笑むが、その笑顔は全く目が笑っていなかった。文也は完全に恐怖におののき、口をパクパクさせるばかりで声が出ない。
「まさか、そんな趣味があったとはね。小学校の頃は、もっと可愛らしい子だと思ってたんだけど」
クミは立ち上がり、文也の座っている席の前に立つ。文也は上目遣いでクミを見上げたが、すぐに視線をそらした。
「ねぇ、文也。お姉ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
クミの声は、一段と低くなる。
「その『ドMの悩み』とやら、詳しく聞かせてもらえるかな? 電車降りたら、ちょっと付き合ってもらうよ」
文也は、まるで死刑宣告でも受けたかのように、ガタガタと震え始めた。彼の顔は、真っ青を通り越して、もはや土気色になっていた。電車は次の駅に滑り込んでいく。文也は、逃げ場のない密室で、かつての優しいお姉ちゃんの恐ろしい一面と対峙することになったのだ。
次の停車駅のアナウンスが流れると、クミは文也の顔をじっと見つめながら、静かに問いかけた。
「君、ここで降りるの?」
文也は、か細い声で「はい…」と答えた。まるで、この電車から降りることが、自分にとっての唯一の救いであるかのように、その言葉には切実さがこもっていた。
クミは、その返事を聞くと、ふっと口元に笑みを浮かべた。しかし、それは決して優しい笑みではなかった。
「そう」
短い言葉の後に、間があった。文也は、その一瞬の間に、これから何が起こるのか、全身で恐怖を感じていた。
「残念だったね、文也」
クミの声は、駅の停車音が大きくなるにつれて、まるで吸い込まれていくかのように小さく聞こえた。だが、その言葉の意味は、文也の耳にはっきりと届いた。
「私も、ここで降りるから」
文也の目は見開かれ、完全に絶望の色に染まった。電車のドアが開くと、クミは文也の腕を掴み、有無を言わせぬ力で彼を車両から引きずり出した。
「さ、ゆっくり話そうか、橋本くん」
駅のホームには、夕暮れの残り香と、どこか涼しげな風が吹き抜けていた。しかし、文也の心は、真夏の太陽の下に置き去りにされたかのように、熱く、そして凍りついていた。彼は、抵抗する気力もなく、クミに引きずられるまま、人影の少ない方へと歩かされていくのだった。