私は四十過ぎの妻帯者で、妻との間には今年中学を卒業する娘が一人おり、仕事は高校教師をしております。同僚や生徒からは熱血教師として信頼を得ていますし、酒やギャンブルは一切やらず家族サービスに努め、自分で言うのもなんですが妻や娘からも尊敬されていて、周りから見れば今時珍しいほど理想の旦那であり父親かも知れません。
しかし、それらは全て私の仮の姿であり、内実は異常な性癖と病的なまでの性欲を併せ持った、教師としてあるまじき反社会的な人間なのです。
教職に就いて十五年、私は数え切れないほどの女子生徒にイタズラをしてきました。勿論生徒に関係を迫ったり体に触れたりするわけではありません。私は気に入った生徒ができるとあらゆる手段を使ってその生徒の物品を盗み出し、校内でオナニーを行ってはザーメンを集めて、生徒の座席に塗り付けたり、時には生徒の顔写真と共に自宅に送りつけたりした事もありました。私の性欲の対象は少々グレた女子生徒でして、髪を染めたり日焼けサロンに通ったりしては夜遊に興じ、男とやりまくっているような奴なんです。当然そういう生徒は成績も悪く、クソ生意気な口もききますし、教師としては腹が立つ事も多く厄介なものなのですが、私はそういう若さとセックスだけが取り柄のバカ娘に異常に欲情するのです。以前‘ヤマンバ’なるものがブームになった時など、私にとっては最高でありました。うちの生徒にも数人そのようなのがいましたが、見るからに不潔そうなメイクや黒い肌を間近で見るとたまらなく興奮しましたね。しかも彼女達は夜通し遊び呆けては眠そうな顔で登校してくるのです。おそらく風呂にも入らず男遊びに勤しんでいたのでしょう。彼女達の髪はべたつき、黒い顔は脂ぎっており、特に夏場などは匂い立ってくるような不潔な様相でした。そうした奴らは大抵ブスが多いものですが、うちの学校は制服が人気あるせいなのか不思議と可愛い娘が多く、なかには相当な美形もおり、そういう娘は当然私のターゲットになりました。先に述べましたが、私は「成績で判断せず、常に生徒を思いやる熱血教師」というイメージ作りに努めていましたので、生徒達からはとても慕われてまして、そういう不良グループからは特に信頼されていていたので、かなり大胆な行為であっても疑われる事はありませんでした。
元々教師になる前は写真を学んでいた私は、行事など事あるごとに生徒達を撮影し、毎年生徒の誕生日には一人ずつ記念撮影してプレゼントするのが習慣になっていました。そんなわけで私は常にカメラを持ち歩いていましたが、目的は当然狙った生徒の写真を手に入れるためです。狙いの生徒の様子は毎朝の朝礼の際に必ずチェックします。そして髪の乱れや顔のテカり、腫れぼったい瞼などを見て、明らかに夜遊びをしていた事を確認すると、私はうまく口実をつくり彼女達を撮影するのです。そうやって狙いの生徒の写真をアルバムにコレクションしてはそれらをネタに職員トイレでオナニーするという行為をずっと続けてきたのでした。写真に写る黒ギャルのテカりまくった顔を見ながらペニスをしごく私は常にある種の欲求にかられていました。可愛らしい顔つきをしながらも生意気で、口が悪く、下品にベタつく黒肌をしたいかにも頭の悪そうな女子校生……。そういう生徒達を見ていて私が感じるのは「犯したい」といった感情ではありませんでした。むしろ生意気な口調で蔑まれながら、彼女達の汚れきった身体を舐めさせていただきたいという感情で、簡単に言えば、「娘ぐらい年齢の離れた頭の悪いセックスだけが取り柄のようなクソガキの汚れに興奮する自分を罵られたい!」といった欲望でした。
さすがに生徒に手を出す勇気はありませんので、ずっとオナニーだけで我慢していたのですが、教師になって五年目ぐらいになった頃、私はとうとう実際に十代の娘を買うようになりました。昼間生徒達を見て溜まった欲望を抱え、私は夜な夜な都心まで繰り出しては渋谷や原宿で娘に声をかけるのでした。目当ては汚れた黒ギャル、しかもその時点で一番気に入っている生徒に似た顔の娘を探すんです。そして黒ギャルの脂ぎった顔中を吸い、汗クサいベタベタの身体を舐め回し、私は跪いて娘の尻に顔をうずめて洗っていない強烈な匂いの肛門を嗅ぎながら狂ったようにペニスをしごくのです。「ヤダー!変態オヤジ!」などと笑われながら…。
そうして現在にいたるまで50人以上黒ギャルばかりを味わってきたのですが、最近では黒ギャル自体の数が減ってしまったので非常に残念です。生徒でもほとんどいませんね。私にとっては、汚れて黒光りするギャルほど興奮するものはありません。これからもずっと頭の弱い黒ギャルの肛門を嗅ぎ続けていきたいものです。