はじめまして。私の話でよかったら是非飲んでください。
私は所謂ショタコンなので、気持ち悪く感じる方はご容赦ください。
かつて私は年下の男の子に惹かれるタイプで、ちょうど成人した頃にそれを自覚しながら、その欲求に蓋をして生きていました。
当時の私は、大学を出て名古屋でOLをしていたのですが、メンタルを病んで九州の実家に帰っていました。しかし、実家とも折り合いが悪く、市内の祖父母が残してくれたアパートに引っ越し、その他の物件の賃貸収入を得ながら、ほとんど今で言うニートのような生活でした。
そんなある日、当時、まだまだ一般には普及していなかったインターネットを通して一人の少年の存在を知りました。
今ではなかなか考えられないことですが、個人運営の鍵付きのサイトで、その少年の水着姿や体操服姿、女の子の服を着せた写真を載せていて、私はそれらの写真に目が釘付けになりました。
こちらからコンタクトを取り、サイトのパスワードを教えてもらった経緯から、そのサイトの管理人である女性とメール上で親しくなり、なんと、その女性と少年が私と同じ田舎町に住んでいることを知りました。
やがて、その女性は私からの熱心なお願いに答えてくれて、実際に私と少年と女性の3人で会うことが叶いました。
その少年の名前はゆきと言って、実物は写真以上に幼くあどけない子で、私はたちまち魅了されむした。
おかしな話ですが、自分がその年の頃には、頼りなく弱々しく感じていたような少年ほど、大人になって見ると、守ってあげたい・自分だけのモノにしたいと言った感情が溢れ出ていました。
ゆきとその女性との関係は、元々は塾の講師と教え子で、今はゆきの両親には内緒で、インターネット上で活動をしているとのことでした。
また、二人の雰囲気から、二人が男女の関係にあることを匂わされました。ゆきはまだ思春期に入るかどうかの歳で、同年代の子よりもさらに幼かったので、本当にそういった行為ができたのか未だに疑問ではありますが…。
また、サイトのファンは当時既に全国に200人ほどいて、おもに30代以上の男女が加入していたようで、県外からゆきのファンが訪れて、こんな風に女性を交えて交流を持ったことが、何度かあったのだそうです。
ひょっとしたら、単なるお話し以上の交流もあったのかもしれませんが…。
完全にゆきの虜になった私でしたが、女性はプラトニックな私の態度に安心したようで、また、せっかく同じ市内で、しかもゆきの通学路に私のアパートがあったため、ゆきとの交流持たせてもらうことになりました。
ひよっとすると、彼女の方には何らかの思惑があったのかもしれませんが…。
その後、週に2度ほど学校帰りにゆきは私のアパートに遊びに来てくれるようになりました。
大人しく、スポーツも苦手で、スクールカーストの中では下位に位置したであろうゆきにとって、大人たちから蝶よ花よ扱われるのは、居心地がよかったのかもしれません。
それでも、私にできることといったら、お茶を飲みながらお話しして、冗談混じりにハグやキスをすることぐらいでした。
しかし、私のカラダは彼を求めていたのでしょう。
ある時、彼を部屋から送り出した後、私の下着に大きなシミができていることに気づきました。
私は自分自身の欲求に戸惑いながらも、指は自分の性器を何度もなぞっていました。30を前にして、はじめてのオナニーでした。
それからというもの、彼が来ない日はサイトの写真を見ながら、遊びに来てくれた後も、彼の感触や唇を思い出しながら、何度も何度もオナニーしました。
滑稽な話ですが、彼がお手洗いに行っている間、彼の荷物の体操服の香りを嗅いで、帰った後にそれを思い出してオナニーをしたこともありました。
しかし、そんな日々も一年と続きませんでした。
サイト利用者の県外の女性との間で、ゆきをめぐるトラブルがあったようで、サイトは閉鎖され、私も管理人の女性からゆきとの交友を断つように要請されました。また、管理人もゆきとの関係は一切断つことを決意したようでした。
葛藤しながらも、ゆきにこれ以上悪影響をもたらしてはいけないと、泣く泣くゆきとの関係を切りました。
最後にゆきが部屋を訪ねてくれた日は居留守を使ったのですが、諦めてトボトボと帰って行くゆきの後ろ姿をカーテンの隙間から見ながら、泣きながらオナニーをしていました。
あれから、かなりの時が経ち、ゆきも当時の私以上の年齢となった頃ですが、未だにあの頃のゆきを思い出したり、あどけない笑顔の写真を見るたび、私の体が疼くのを感じます。