ハーレーは仕方ない処刑場へ向かった。
そこでは、さらに悪い運命が待っていた。
銃殺隊の指揮官が事故で来れない。
処刑は延期か、と思われていたら、司令官自らが命令した。
「ハーレー君、君が指揮をとりたまえ。」
銃殺は6人の兵士が、10メートル弱の距離で、罪人の胸を狙ってライフルを撃つのだが、それは指揮官の命令で整然とされなければならない。
ほとんどの将校は指揮官になるのを嫌がるが、ハーレーは平民階級からの成り上がりだったせいで、何度も銃殺隊の指揮官をさせられてきた。
しかし、今度はよりによって、射殺されるのがあの春なのだ。
罪人が場内に到着するまで、ハーレーと春の関係をしらない兵士達が、噂話をしている。
今日処刑されるのは、まだ14歳の女の子だが、何人もの男を手玉にとって、悪事を重ねたあばずれだそうだ。
お偉いさんのメイドになって、色仕掛けを掛けたが、そのマスターがお硬い人で、反対に厳しいお仕置きをされたから、それを恨んで重要書類を盗みだそうとしたらしい。
ぎりぎりのところで、気がついたマスターから捕まって、書類は取り戻され、自分は捕まって今日の銃殺だ。
ドジな女だな。
女の銃殺なんてめったに無いから、良い土産話の種になる。
兵士達は、これから行われる銃殺と言う重い予定の前に、少しでも緊張を解そうと話続けた。
そんな兵士達の雑談を、ハーレーは怒鳴り付けたい気持ちを必死に押さえつけて、聞かないふりをしていた。
処刑場に春が連行されてきた。
ハーレーは出来るだけ彼女を見ないようにしていた。
見るのが恐かった。
処刑場入口でトラブルがあった。
処刑場を管理する係の兵士が、春に全裸になるように命令した。
スパイは普通の罪人ではない。
人権も人間的尊厳も認められない。
恥ずかしく惨めな姿で死ぬべきだ。
これまでも、そのようにされてきた。
と言っている。
それに対して、収容所からここまで春に付き添ったキリスト教のシスターは、
たとえ罪人でも、うら若い女性を大勢の兵士の前で裸にするのは残酷過ぎる、
と抗議していた。
司令官が待っている。
あまり時間を掛ける訳にはいかない。
ハーレーがやきもきしていると、春の声が聞こえた。
「シスター、ありがとうございます。
でも、良いです。
私、裸で処刑されます。」
そう言うと、もう春は自分で女性囚人用のワンピースを脱ぎ始めた。
ハーレーは、整列した銃殺隊の端にいるので、そちらを真っ直ぐ見る訳にいかなかったが、
場内の兵士達はざわめいた。
本当かよ!
若い女が裸!
すごいじゃないか!
整列したハーレーの前に、春が連れて来られた。
全裸だった。
細い首も肩も、薄い胸も痩せたお腹も、細い足も、春がいなくなる前の日に、ハーレーが自分の物として弄んだままだった。
春がハーレーに気がついた。
動揺して何か言うのではないか、と思ったが、春は
「よかった!」
と言ってるとしか思えないような、ハーレーだけに分かる微笑を浮かべた。
左胸の心臓の部分に、ペンキで白い印を書かれた春が、刑場の柱に後ろ手に縛られた。
細い腕を兵士に捕まれて、痛々しく可哀想だと思ったが、それはほんの1ヶ月前に、ハーレー自身が春にしてきたことだ。
あの時春は、逆らうことなく、いや、ハーレーにとってはむしろ進んで、しかもはにかみながら縛られてくれたのに..。
あの小さな乳首も、下半身の薄い陰りも、俺の物だと思って触れたのに..。
それが二人の幸せだと思っていたのに..。
今は本当に死ぬために縛られている。
縛られた罪人に目隠しをして、最後の言葉を聞くのは、指揮官の仕事だ。
ハーレーは進み出て、春の前に立った。
普通の女なら、泣きわめくか、怨み事を言われる筈なのに、春はあの官舎で、いつもハーレーに向けてくれた、あの暖かい微笑みを浮かべてくれた。
「最後に言うことはあるか?」
「ありません。皆様にご迷惑をおかけします。
よろしくお願いします。」
周りに聞こえるように、はっきりそう言うと、春は目を閉じた。
目隠しをしてやり、ハーレーは隊の端に戻った。
司令官が、促すように手を上げた。
「構え!」
兵士がライフルを持ち上げ、構える。
「狙え!」
ライフルが春の左胸の白い印を狙った。
5秒後に、次の最後の号令をしなければならない。
ハーレーの脳裏には、春との楽しかった日々が次々と浮かんでは消えた。
号令をかけたくない!
しかし、号令は口から出てしまった。
「撃て!」
銃声が響いた。
白い硝煙と火薬独特の匂いが広がる。
その硝煙が薄まると、柱に縛られた春は、右胸と腹から血を流して倒れかけていた。
縛られてなかったら、地面にうつ伏せに倒れていただろう。
銃殺隊の兵士は、皆本国から来たばかりの、本当に人間を撃ったことのない新兵だった。
彼らにとって、まだ若い痩せた少女を撃ち殺すと言う任務は、精神的に過酷すぎた。
わずか10メートルも離れてない距離で、6人のうち春の身体に命中させたのは二人だけ。
それも、心臓には当たらず、右胸と腹部に命中し、春はまだ死ねなかった。
悲鳴はあげてないものの、苦しんでいるのは、はっきり分かった。
呆然となっているハーレーに、司令官が命令した。
「楽にしてあげなさい。」
そして小さな声で、
「後ろ頭より、口を開けさせた方がきれいに死ねる。」
と教えた。
ハーレーは腰の拳銃を抜くと、一人で春に近づいた。
恐ろしかったが、勇気を出して目隠しを取った。
顔は苦痛でひきつっていたが、ハーレーを見上げた目は、あの時の優しい目だった。
苦しい息の中で、春は小さな声で言った。
「マスター..、お慕いしてました..。」
この言葉は嘘ではない!
春は、俺を愛してくれてた!
部下に背を向けてたのはありがたかった。
ハーレーの目から涙が流れた。
「春、楽にしてやる。
さあ、口を開けて。
きれいな顔で逝ってくれ。」
最後に春は、
「マスターは..、やっぱり優しい..」
そう言うと口を開け、ハーレーの拳銃を受け入れた。
ハーレーは春の身体を抱き抱え、引き金を引いた。
弾は延髄を破壊し、首の後ろに抜け、春は楽になれた。
顔はきれいなままだった。
拳銃を握ったまま、立ち尽くしているハーレーは、後ろから肩に手を当てられた。
司令官の声が、
「国に忠誠、親に孝行、そして初めての男に真心を捧げようとすれば、こうなるしかなかったのだろうな。」
と慰めるように聞こえた。
司令官は、自分の副官の勤務ぶりや快活さが見違えるほど変わったことから不審を抱き、情報部からの報告、それに自分の人生経験から、ハーレー以上にハーレーと春の関係を把握し、理解していたのだった。
あの娘は、最初は任務でしかたなかったとはいえ、自分の処女を捧げたこの風采の上がらない中年男に恋をしてしまったのだ。
そして、そんな自分がふしだらな女だと許せなくて、母親と一緒に逃げなかったのだ。
情報部での厳しい取り調べでも、ハーレーとの関係を否定したし、身体検査で処女でないことがばれても、自分があちこちの男と遊んだからだ、と言い張った。
英雄とは違うだろうが、一人の人間として美しいと言えるのではないか。
しかし、やがてこの地を、そんな人間模様など認めない戦争が、全てを覆ってしまうのだった。
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