私等の歳の友人知人も言うが、戦後すぐ生まれた私等は本当に良い時代で過ごせたと思う
確かに子供時代今現在が夢か空想映画の様なものと言うか、想像もつかないほど何もない時代だった、
食うものにも困るほど貧乏な幼少時代、家は古い家のまた離れの様なあばら家のようなとこへ住み父母らにもまだ職さえなく
日銭を稼ぐため,何でもしていたし父は仕事を求めて数日、また数週間も帰って来ない事も幾度となくあった、
しかし父には才覚があって私が小学生を終えるころには、TVの地方局へ入社でき、衣食住に困る事は亡くなったが
父の仕事は忙しく、時には突然会社へ行き緊急事態に対応したり、夜遅い事もあったりしたが
中学生になった私にも手伝ってくれるか、と言われ最初はこまごました事を手伝っていたが、その頃の地方局のニュースではカメラは16ミリカメラ
音声は、電助と言う、まああだ名だろうがソニーの手動電源での物で撮り、
それを1インチの幅のオープンリールのドでかいテープデッキへ画像と音声を合わせて行くのだが
微妙に音がずれて合わないものを、それこそストップウォッチを片手に、1インチのテープにマジックで印をつけ調整し何度も直し
ぴったり合うような仕事までさせられていた、
父が父なら子供もその背中を見て育つと言うがまさにその通りで、電子機器の扱いなどその他の多くの知識の中でのほんの一部でしかなかった
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