その年の秋、首領は隣接する縄張りの匪族とどうしても戦わねばならない状況となった。
どちらも理由があり、面子もある。
お互いに顔が効くラマ教の僧侶や大地主が最後の仲介を試みたが決裂した。
決戦の時は4日後の朝、場所は首領の本拠地から二日行程の集落跡。
首領以下戦闘員35人、それに雑用の小者10
人。
小者は馬の世話、荷物運び、食事の準備等の仕事につくまだ見習い以下の少年達で、春は太々に頼み込んで小者に混ざって行った。
首領は今回、どうも運が遠ざかっているような気がした。
新しく購入した拳銃を試して撃ちしたら不発だった。
馬が鳥が羽ばたいたのに驚き、暴走して足を折った。
移動中に、この時期に滅多に降らない雨が降って、ずぶ濡れになった。
特に寺で戦勝祈願をした時、風も無いのにろうそくの火が消えたのは、皆に嫌な予感をさせた。
堂々としている首領も内心は「今回は悪霊でも取りつかれてるのでは..」と弱気になりかけていた。
一人落ち着いているのが戦闘員とて一緒に来ていた太々だった。
首領が太々の身を心配すると、「捕虜になりそうだったら、自分で心臓撃ちますよ。死んだら女神様に天国に導いてもらいましょうかね。」と笑っていた。
戦いの時刻、双方の首領が馬上で拳銃を撃ったのを合図に、全面的な撃ち合いとなった。
敵方は約50人。
原野や集落跡を馬で走り回っての撃ち合いなので、なかなか相手に命中はしない。
危ないのは窪地や集落跡に固まってしまい包囲された時である。
霧や煙で見通しが効かなくなると、自然に仲間同士が確認し合うため、密集してしまうことがある。
その時はまさにそれだった。
弱気になってる者ほど、寄り集まりやすい。
首領が気がついた時は、味方15人で集落跡の廃屋の周りに包囲されていた。
動けなければ、馬に乗るのは的が大きくなるだけだ。
首領は全員を馬から下ろして馬は伏せさせ、廃屋とその周辺に配置した。
波状攻撃をかけてくる敵を銃で撃つが、動きが速くなかなか当たらない。
包囲網は少しづつ狭まってくるし、撃たれた者も出てきた。
首領は、もはやこれまでか、と覚悟したが太々は、「もうすぐ悪魔が来ますよ。」と落ち着いて銃を撃ち続けた。
昼前に風が吹いて霧が晴れた。もう霧に紛れての逃走も出来ない。
その時に、敵の包囲の一環が突然乱れた。
その中をただ一騎が駆け抜ける。
「悪魔だ!」「本当に来た、悪魔だ!」
敵の狼狽えた声が聞こえてきた。
やはり全裸の少女だった。
ほどいた髪を乱れなびかせて馬を駈り、白い肌と胸に赤い花が昼間の光ではっきり見える。
「本当に胸に花が..」驚いて見ていた敵は、あっと言う間に春の乗った馬から蹴り飛ばされた。
首領も太々も、このチャンスを逃しはしなかった。
伏せさせた馬を起こし、一斉に動き出した。
敵の首領は、迷信深い部下達が動揺しているのを止める必要を感じた。
「こんな昼間に悪魔も悪霊も出るものか!俺が退治してくれるわ!」
騒動している場所に駆けつけると、確かに裸の少女が馬を走らせている。
拳銃で狙ったがやはり当たらない。
生け捕りにして、正体を暴いてくれるわ!
生きてる女なら、部下全員に犯させた上で、牡馬に犯させて殺してやる!
敵の首領は背中に背負った青竜刀を抜いた。
悪霊の少女はモーゼル拳銃の弾が切れたらしく、馬を止めて弾を込めている。
モーゼル拳銃の弾込めは弾丸を押し込んだ後、遊底の強いバネを引かねばならない。
あの小娘は非力でバネを引けないようじゃないか。
よしよし、もう少しそのままでいろよ!
春がはっと気がつくと、虎の皮のチョッキを着た派手な服装の男が、青竜刀を振りかざして馬を走らせてくる。
逃げようか?だめ、逃げたら背中から切られる!
春は咄嗟に馬を敵の首領に向けて鞭を入れた。
使える武器は何もない。
敵の首領の方も、まさか?と思ったが、裸の小娘がどんなことが出来るんだ?と油断もしていた。
近づいてくる小娘の胸に、確かに赤い花が咲いている。
なんだ?刺青か?
春は敵の首領の近くまで来ると、鐙の上に立ち上がって両手を広げた。
春にしてみれば、これから先は行かせない!
旦那様は私が守る!
と言う気持ちを表した行動だった。
敵の首領にとっては、この小娘は何のつもりだ?と迷ったのと、春の下腹に書かれた文字に目を奪われたのが失敗だった。
淫乱?こんなまだ女になってないようや小娘が?
あっ、もしかしたら、これが呪いの..。
余計な事に気を取られた為に、敵の首領が青竜刀を春に振り下ろすタイミングが僅かに外れた。
先に春の身体の方が敵の首領の身体に打ち当たっていた。
全く馬を走らせる速度を落とさずにだ。
身体の大きな敵の首領の方が、小さな春から押し倒されるようにして馬から落ちた。
地面に落ちてもしっかり抱きついて離れない春だったが、もともと力では男に勝つはずがない。
敵の首領も、だんだんと落ち着いてきた。
こいつ、ただの小娘だ。
胸と下腹に変な刺青をしてるだけだ。
だが命知らずには間違いないな。
お互いの身体を密着させた状態なので、敵の首領は右手に持った青竜刀を使えない。
しかし、所詮武芸など知らない小娘の力ではそれ以上敵の首領の動きを押さえることは出来なかった。
敵の首領の左手が春の顔を一撃すると、春はあっけなく気を失った。
立ち上がった敵の首領は地面に横たわった春を改めて見た。
大したものじゃないか!
こんな小娘なのに、自分の主人を守ろうと裸で走り回るとは。
胸と下腹にこんな刺青をしてるが、自分の意思でしたのではあるまい。
淫乱などと言う歳でもないだろうに。
敵の首領は感心はしたが、だからと言って赦してやる場面ではない。
可哀想だが..。
青竜刀を振りかぶって、春の首を横から切断しようとした時に、銃声がして敵の首領は倒れた。
敵の首領は春を観察すべきではなかった。
そのほんの数秒で、既に包囲から脱出していた太々が春と敵の首領が落馬した場所に駆けるのに間に合った。
馬から降りた太々は、首ではなく左肩から胸に掛けて切られた春を見つけた。
戦い全体は、リーダーが死んだ敵のグループが戦場から逃走し始めたことで終了した。
首領は春のことも気になったが、首領としての仕事を優先しなければならない。
春のことは、太々に任せた。
太々は気を失ったままの裸の春に、今度も自分の上着を着せ掛けて、そのまま自分の馬で医師がいる街へと走った。
またこの子に助けられた..。
助かるなら助けたい..。
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