春香は、予想外に早い殿様との初顔合わせ、召し使いの試験、と二つの関門を通り抜けた。
硬い床に正座した春香に、若い方の召し使いが、殿様のおもちゃとしてどうあるべきか簡単に話をした。
殿様は、お国のため、国民のために、とても忙しく大変なお仕事をなさっている。
お前達は、それのお疲れを少しでもお慰めしなくてはならない。
殿様は、少女の苦しむのをお好みになる。
お前は、そのために、殿様の前で苦しんで、殿様をお慰めするためにここに来た。
だから、苦しみから逃れようとするな。
逃れようとしても、無駄なのだ。
お前の身体も命も、全て殿様の物だと理解せよ。
そして、殿様の前で拷問を受け、苦しみ悶える姿をお見せせよ。
それで責め殺されても、幸せと心得よ。
春香は、コンクリートの床に正座して、神妙にこの説教を聞いた。
理解する、しないに関わらず、もう苦しむ道しか自分の前には無いのだ。
それは分かった。
ただただ苦しめられ、苦しみ悶えて死んでいく姿を見て頂ければ良いのだろうか...。
若い召し使いの説教が終わった時に、年上の召し使いが、小さな声で独り言のように言った。
「しかし殿様は、痛み苦しみに叫び回る女の子より、悲鳴を噛み締めて我慢する女の子の方がお好みにも思える..」
春香は賢かった。
確かに、自分が助かろうとか、苦痛から逃げようとかのためには、どんな努力をしても無駄。
でも、拷問の苦しみに耐えようと努力したら、殿様からは認めてもらうこともあるんだ..。
もちろん、拷問の遣り甲斐がある、と言う認められ方なのだが..。
それでも、人間として何かに努力して認められる、と言う細い道はあるような気がした。
最後に年上の召し使いが言った。
「これからお前は家畜として『はる』と言う名前で呼ばれる。前の人間の名前はもう無い。」
春香は、いや、はるは二人の召し使いに深々と土下座した。
そらからはるは、手押し車に載った、縦横高さが共に1.2メートルの家畜用の檻に入れられた。
もちろんこの寸法では、はるは立てないし、身体を伸ばして横になることも出来ない。
檻の中には、水の入った陶器の皿と、多分排泄用の素焼きの壺が置かれた。
「いつ殿様がお呼びになるか分からない。
休める時に休んでおけ。」
年上の召し使いは、いかにも事務的な口調で、檻の中で正座しているはるにそう言った。
それは、はるに対して仏心を感じた自分を、同僚の若い召し使いに気づかれないようにとの用心だった。
年上の召し使いは、先輩である年上の召し使いに比べて、自分の職務、つまり殿様の意を体して自分より下の家畜達を厳しく躾ることのみに気持ちを注いでいる。
例え同僚で先輩であっても、私の仏心は殿様への裏切りと捉え、彼女は私を売るだろう。
年上の召し使いは、そう思った。
彼女は、部屋を出て行く時、灯りのスイッチを切った。
それは、新しい家畜を、慣れない環境の中で闇の中に1人放置し、恐怖心を高めるための行為のようであった。
二人の召し使いがドアから去っても、闇の中に1人取り残されたはるは、やはり10秒間、狭くて無理な姿勢ではあったが、土下座をした。
それからやっと、身体を丸くして檻の中で寝転んだ。
「灯りを消してもらえなかったら、きっとずっと正座してたろうな..」
はるは暗闇、沈黙の中で、年上の召し使いに感謝の気持ちを抱いていた。
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