殿様が退室するのを、春香は再び土下座して見送った。
二人の召し使いも、深々と頭を下げて見送った。
ドアが閉まっても、10秒間そのままの姿勢で礼を続け、殿様が戻らないのを確かめてから頭を上げた。
「お前、これまで貴い方にお仕えしたことがあるのか?」
召し使い達は、気になっていた事を春香に聞いた。
「ございません。」
「殿様がお前の身体をお調べする事など、だれかに聞いたのか?」
「いえ、聞いておりません。」
「お前、まだ男は知らない筈だったな?」
「はい。」
二人の召し使いは、顔を見合わせながら頷いた。
この子は、殿様が気分を壊さないために、どうしたら良いかを本能的に察知した。
今のところ、この子の態度が良かったので、私達は助かった。
この娘は良い家畜になりそうだ。
今夜さっそく、殿様の寝室に送り込まれるだろう。
そこに送られた娘は、たった1度の殿様の遊びで、心も身体もボロボロにされる。
その後、殿様の農園や鉱山等に送られて、本当に家畜として生かされ、働かされる。
ほんの数人、玩具として殿様のお気に召して、繰り返し呼ばれる女の子もいる。
寵愛されると言うのとは違う。
一度の拷問で心が壊れず、拷問の遣り甲斐がある、そう言うことである。
かえって自分の不幸を重ねるだけだ。
この子は、そうなりそうだ。
でも、お気に入りの玩具がある間は、気難しい殿様も機嫌がよいことが多い。
それは、殿様にお仕えする大勢の者達にとって、幸せなことだった。
「ついておいで。」
召し使いは春香に言った。
普通なら「来い!」である。
召し使いは、殿様との初顔合わせを無事に終わらせた春香に対し、ほんの僅かだが、好意的な気持ちを持った。
春香は二人に挟まれるようにして、ホテルの廊下を歩いた。
足の下は、生まれてこの方踏んだことのない柔らかな絨毯だし、高い天井から下がる豪華な照明器具、壁に掛けられた美しい絵画。
所々に立つ立派な服装をした殿様の家臣たち。
そのような豪華な中で、春香だけが痩せてみすぼらしい裸で歩かされている。
ここまで殿様に随行した家臣は多い。
廊下に厳つい制服で警備で立つ衛士。
目立たなく質素であるが洗練された服装の事務官。
そのような人の目に触れながら歩かされ、春香は「自分だけは裸の家畜なんだ」と強く意識した。
思春期の女の子としての羞恥心は、捨てなくてはいけないんだ。
私はもう人間じゃないんだ。
そう思うのだが、無意識に手は胸や前を隠そうとする。
右側の召し使いが、そんな春香の態度に気がついた。
冷たい声で、「やめなさい!」と注意する。
春香は、ハッとして手を下ろした。
素直な良い子..。
年上の召し使いは、そう思った。
これなどは、本当なら「なにしてる!家畜なのに隠すな!」と叱られ、鞭を与えるくらいの過ちである。
それが軽く叱っただけなのは、この召し使いの春香を好ましいとの思いからだろう。
家畜だから、人間並の羞恥心など許されない。
それが建前だが、この買われたばかりの娘は、まだ思春期の女の子としての強い羞恥心を持っているのに、健気な意志の力で必死にそれを押さえようとしている。
春香より年上の召し使いは、それを密かに好ましく思った。
自分だって、数年前に初めて裸を晒してこの娘と同じような思いをし、心の中で泣いたことがあった。
それから死ぬような努力を重ね、時には一緒に買われた仲間を裏切ることもやり、数百人の家畜の中から、信じられない幸運でやっと今の地位に就いたのだ。
本来なら、殿様の分身として、家畜に辛く当たるべきである冷酷な召し使いの筈であった。
でも、殿様の目に触れず、差し障りの少ない今なら..、ほんの少しだけ情けを掛けてあげても..。
それが、殿様に家畜として飼われて、やっと人並みに服を着れる身分になった召し使いの、
最大限の人間としての贅沢であった。
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