春香は殿様と言う言葉に不安と恐怖を覚えながら、両手で胸と下を隠した。
どんな方だろうか?
噂では少女をいたぶって喜ぶ人らしいから、優しい人ではないのは確かだろう。
淡い期待などしないほうが良い。
春香はそう自分に言い聞かせた。
いきなり奥のドアが開いた。
二人の召し使いは、膝を屈めてスカートを両手で少し持ち上げ、上半身を深く下げると言う目上の人に対する礼を行った。
二人の召し使いにとっても、こんなに早く殿様が入ってくるのは想定外だったようだ。
したがって、春香に対する礼の指導も、何もされてなかった。
春香は、二人が姿勢を低くしたのを見て、反射的に自分も踞り、土下座の姿勢になった。
ツカツカと硬い踵の音がする。
それが近づくと、いきなり春香の土下座した頭の上に、靴の裏が触れた。
体重を乗せてではなかったが、春香は殿様から頭を踏まれていた。
頭上で声がした。
「ほうっ、最初から土下座か。
出来の良い家畜と見える。
お前たちが、教えたのか?」
まだ熟年と言う程の声ではなかった。
まだ若さが残っているが、それなりに地位に応じた落ち着きと風格があった。
二人の召し使いの片方が、怯えを含んだ口調で
答えた。
「申し訳ありません。殿様のお出でになる前に十分な指導が出来ませんで..」
もう一人が答えた。
「この家畜、勝手に土下座いたしました。」
殿様が誉めているのだから、「はい、私達が仕込みました。」と答えれば、自分達の評価を上げられる筈なのに、二人の召し使いはそれをしなかった。
「嘘がばれたら、どれほど恐ろしいか..」
それが二人の言葉、声に現れていた。
春香はもともとバカな娘ではない。
これだけの会話を聞いて、今自分の頭を踏んでいる男が、どれほど恐い存在なのかを理解した。
男は春香の頭を踏んでいた足をのけ、「立て」と命じた。
高貴な方の前で、貧弱な裸を晒すのは、恥ずかしさより、惨めさが勝った。
そのまま土下座を続けたかった。
しかし、利口な春香は、そんな自分の気持ちを殺して、立ち上がった。
胸も下も隠さずに、真っ直ぐに立った。
初めて殿様の顔を見た。
きれい..。
恐さにも関わらず、春香はそう思った。
確かに殿様の顔は整い、地位に相応しい威厳さえ感じられた。
体格もすらりと長身であるが、釣り合った肩幅もあり、運動で鍛えたような逞しい胸や腕の筋肉も伺われた。
しかし、その顔の表情には、一片の情けも思いやりも、いや、人間らしい感情そのものが欠如していた。
殿様は、本当に家畜を検分するような目付きで春香を見た。
正面から見た後、「横を向け」と命じ、春香が横を向くと、また頭の上から足下まで見下ろした。
「歳は?」
簡単な質問だが、横の召し使いが緊張したのが感じられた。
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