数ヶ月、はるは農場で家畜としての生活をした。
朝はまだ暗く星が輝いている頃に起こされる。
脱走者や死んだ者がいないかの点呼。
欠員が無ければ、食事の係が桶に入れて持ってくるスープを班毎に受け取り、洗いもしない不潔な食器で食べる。
普通の新入りは、古株から苛められるのが当たり前。
食事も先輩達が殆ど食べてしまい、やっと桶の底に残った汁を指で掬って舐めることも普通だった。
しかし、あまりに露骨に食べさず、その家畜が倒れたりして仕事のノルマをこなせないと、今度は班長や古株が酷い罰を受けかねない。
日曜日の処刑や拷問は、罪を犯した本人に対してだけでなく、班のノルマが出来ていない、班内に規則を破った者がいた、等の原因による共同責任の原理も働いていた。
全員が揃って鞭打ち等であれば、運が良い。
しかし、時には殿様がお出でになっていて、気まぐれに
「あの班の者の誰かを処刑せよ。」
と命じることもある。
その時は、家臣から命じられた係の奴隷は、その班の班長を引きずり出すのが習わしだった。
農場の奴隷、家畜全員が見ている前で、どんなに泣きわめいても、情け容赦なく処刑が執行される。
高い横木からぶら下げられる絞首刑は、見た目は苦しそうだが、比較的楽なのではないかと言われている。
火炙りは、滅多にされないが、全く例がない訳でもない。
これは焼け死ぬより早く、煙で窒息できることを祈るしかない。
重い鎖を身体に巻き付けられて、厚い耐圧水槽に投げ込まれるのは、気を失うのも早く、そう苦しまないのではないか?
殿様がお出でになる、との情報が聞こえると、農場の奴隷や家畜は、このような不吉な話題をするようになる。
運悪く、その時に些細な罪で土牢に入れられていた者は、そんな苦しみを受けるよりは自分で..と試みるため、全く手足を動かせないようにがんじがらめに縛られ、口にも舌を噛まないように木の枝などを噛まされる。
そのような拷問や処刑されるべき対象者がいない時は...。
それこそが一番恐ろしかった。
高い台の上の豪華な椅子に座った殿様が、
「なんだ?今日は処刑される者がおらんのか!」
そう言うと、
「あの者。そうだ、その色の黒い家畜。
その者を吊るせ。」
と、全くの気まぐれで、何の落ち度もない家畜が処刑される。
処刑されるのは下層の家畜、奴隷とは限らない。
僅かばかりの衣類をまとっている、普段は目下の家畜を虐待する権利を持っている監督奴隷も、その指名を受けることもあった。
恐怖のその日が来た。
全員が並んで殿様の前で土下座する。
その時に、古株は出来るだけ目立たぬように、列の後ろに並び、新入りは前の方に置かれる。
「なんだ?処刑は無い?」
やはり殿様は不満そうであった。
「そんなに良く働き、従順な家畜ばかりか?
そうではあるまいが!」
台の上の椅子から立ち上がると、大声で命じた。
「全ての者、表をあげよ!」
殿様は恐ろしい。
早く顔を上げると、
「不敬なやつ!」
と言われるかもしれない。
目立ちたくは無い。
後ろの方の古株達は、顔を上げるのを意識して遅くした。
それが悪かった。
殿様は高い台の上にいる。
前の若い家畜の後ろでも、古株の遅い動きは殿様の目に触れた。
「あの一番後ろの者を、三角木馬に掛けよ!」
殿様の声が響き渡る。
ひぃー!
と言う悲鳴が聞こえ、その悲鳴の主の方に上級奴隷が走っていく。
指名した家畜が恐ろしさに悲鳴を上げたことで、殿様は一応満足した。
ここでの拷問や処刑は、苦しさ面さを耐えてくれる高級な玩具で遊ぶのとは違う。
まあ、家畜一人を泣きわめかせて、他の家畜どもを恐れてさせればそれで良い。
そう思って連れ出される家畜の方を見ると、その列の一番前に見覚えのある小さな家畜がいた。
「はるではないか?」
殿様の視線が自分に向けられ、しかも名前を呼ばれたことに、はるは感激し、畏れ多くおもった。
うやうやしく土下座し、ゆっくり顔を上げて殿様を見つめた。
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