はるは召し使いから教育されたとおり、殿様の前二メートルの床の上に正座し、慌てずにゆっくりと土下座した。
「顔を上げよ。」
殿様の声がして、初めてはるは顔を起こした。
両手は湯かに付いたままである。
恐かった。
鞭で打たれたかもしれない..など具体的な事にではなく、ただ殿様が恐かった。
その殿様の目が、はるの目をじっと見ている。
自然に身震いがしそうで、堪らなかった。
とてつもなく恐いのに、はるは殿様の顔を美しいと思った。
人間のものじゃない、神様を形取った彫刻のような美しさ。
冷たく恐ろしいお顔。
殿様の口が動いた。
「名は?」
恐ろしさに心も凍りつき、頭の中は焦って空回りしているにも関わらず、「はると申します」とはるは答えた。
恐怖に捉えられた頭と別の、条件反射のようなものだった。
「ふん、はるか..」
殿様は右手の鞭を振り上げた。
殿様から打たれる時は逃げるな、そう教わっている。
はるは顔を下げ、正座して両手を床に付いたままの姿勢で、打たれる覚悟をした。
一撃目は、左の肩だった。
生まれて初めての鞭は、痛火を押し付けられたような痛みに感じた。
思わず身体を捻って苦痛から逃げようとして、はるは思い止まった。
殿様が自分の背後に回った。
背中を打たれる!
そう思った途端に、背中にも火を押し当てられるような苦痛が炸裂した。
それも、2回、3回、さらに連続して打たれた。
はるは、必死に床に着いた腕で上半身を支えた。
殿様の打つ手が止まった。
またはるの前にまわり、鞭がはるの顎の下に差し込み、顔を上げさせる。
「何回打った?」
殿様の声には、面白がるような響きがあった。「13回でございます。」
はるは答えた。
「ほう?ちゃんと数えていたか。」
新しいはると言うおもちゃに、殿様は少しだけ興味を引かれた。
「お前、悲鳴も上げなかったな。
私の鞭は弱くて、痛くも痒くも無いか?」
どうお答えすれば良いのだろう?
はるは、答えを探すかのように、僅かに顔を左右に振った。
年上の召し使いが、はるをじっと見ているのが見えた。
はるは、お答えした。
「とても..、痛とうございます..。」
殿様はますます面白く感じた。
「それなのに我慢したか?
我慢して、何かお前に良いことでもあるのか?」
そう言うと、また激しい一撃をはるの肩にくわえた。
その苦痛を耐えるため、はるはさすがに直ぐには言葉が出なかった。
しかし、痛みで止まりそうだった心臓が再び脈打ちだすと、はるはこう答えた。
「それが、殿様に飼われる家畜の役目と教えられましたので..」
殿様はちょっと首をかしげるような素振りをすると、今度は側で待機している年上の召し使いを見て、さも面白そうに笑いだした。
「お前の教え子か?
いや、素質がありそうではないか!」
殿様は、しばらく考えてから言った。
「試してみようではないか。」
別室から、逞しい大男が数人呼ばれた。
「吊れ。」
殿様の命令で、天井から下げられた鎖が用意された。
年上の召し使いが殿様に伺った。
「吊りは、逆さにいたしますか?」
殿様の答えは
「よかろう。」
だった。
はるの両方の足首に革の足枷が嵌められ、天井の滑車から下ろされた鎖に繋がれた。
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