プロローグ
いつから、私たちの関係はこんなにも歪んでしまったのだろう…………。
雨の音が、アパートの薄い屋根を絶え間なく叩いていた。
薄暗い部屋の中に漂うのは、湿り気を帯びた生温かい空気と、払っても拭い去れない重苦しい背徳の匂い。
「パン、パン、パン、パンっ、パンっ、パンっ、パンっ、パンっ、パンっ!!」
男の硬い腰と女の柔らかな尻肉がリズムよくぶつかり合い古いアパートの室内に響き渡る。
「あぁっ!………も、もぅ……ダメ!……もぅ……ムリ!もぅムリぃぃっ!………ぁ゛ぁっ!壊れ……っ壊れちゃいますぅぅ!!…………ま、また……またっぃ゛……ぃ゛ぎますぅぅっ…………っ!!」
女は獣のポーズのように布団の上で四つん這いになりブンブンと激しく頭を振る。
体中から汗がとめどなく流れ、上気した肌はピンク色に染まり乱れきった髪の毛は額や首に張り付いていた。
(おかしくなる……おかしくなっちゃうよぉぉぉ……)
凄まじい快感がとめどなく体中を流れていく。
ずっと逝っているようだった……イキっぱなしでおかしくなりそうだった。
喘ぎ続け、開きっぱなしの口から涎が垂れていくのに気にしていられなかった。
休みなく続く男のピストンに女はもう何度目かも分からない絶頂へと一気に駆け登って行く。
「か、勝手にイクなよっ!何度言ったらわかるんだよ!!僕を気持ちくさせろよ!!自分ばかり気持ちくなりやがってっ………」
「あんっ!あんっ!あ゛ぁっ!!ごっ、ごめんなさぃっ……ぃ゛ぃ゛っ!!
イ゛っイグっ!…………ァァァっ!も、もう……………い、イキまっ…………………はぐっ、……………ぐっ!!」
女はおとがいを上げ、背中反らしていくと歯を食いしばる。
(も、もう……ダメ………)
勝手に全身が痙攣した。ガクガクと尻を振って絶頂を貪る。
無意識に膣肉が締まり男の勃起を食いしめる。
女が絶頂してもまだ男は腰を柔らかな尻肉に叩き続けた。
「ィ゙っ、ィ゙………っイッてる………っ!イッてますぅっ!!………まだ、イッてるからぁぁぁあっ!!ア゛ァァァァァァっ!!」
男の表情は悪鬼のごとく真っ赤に染まりフンフンと唸りながら怒涛に腰を振り続ける…………。
(まだだ……まだ、まだ、僕は……僕は………凛を………)
男は掴んでいた女の両二の腕を話すと汗で光りぬめる女の尻肉を両手でガッシリと掴むと掘削機のように強く肉棒を女膣に叩きつけたのだった…………。
第1章
1.
「ルポは……お前たち二人の店だ。二人で支え合って………守っていってくれ……」
白く無機質な病室で酸素マスク越しに途切れ途切れに発せられた喫茶店のオーナーの最後の言葉は、今でも昨日のことのように耳の奥に残っている。
痩せ細った温かい手を、私と隼人は二人で固く握りしめていた。
涙で視界が滲んで、天井の蛍光灯が歪んで見える。
施設を飛び出すように出て行き場を失っていた18歳の私を『今日からここが家だ』と笑顔で迎え入れてくれたこと。高校を卒業してそのままこの店で働き始めてから、もう丸5年になる。
2年遅れて同じように行き場に悩んでいた隼人を私の紹介で店に呼んだときも、オーナーは「これで賑やかになるな」と自分の息子のように喜んでくれた。
病状が悪化して店に立てなくなってからも、病院へ見舞いに行くたび「今日の売り上げはどうだ? 凛の淹れるコーヒーはやっぱり一番だな」と嬉しそうに目を細めていたこと。
身寄りのない私たちに働く喜びと本当の家族のような温もりを教えてくれた、たった一人の大切な人。
その手が冷たくなってから、ちょうど一年が経つ。
「カチャン」と白い陶器のコーヒーカップをソーサーに置く乾いた音が、静かな店内に響く。
深みのある芳醇で香ばしい豆の香りが、飴色に光る木調のカウンターを優しく包み込んでいた。
【喫茶 ルポ】
あの病室で交わした約束通り、私と隼人は二人きりでこの店を切り盛りし、守り続けてきた。
壁で静かにカチコチと時を刻む大きな古時計も、少し錆びついた裏口のドアノブも、私たちにとってかけがえのない大切な居場所だった。
「ふう……今日も、少し落ち着いちゃってるかな」
お気に入りの深緑色のエプロンを結び直し、私は誰もいない客席を見渡した。
おっとりしていて少し抜けているとよく言われる私は、こうしてカウンターの中でカップを磨いたり、湯気を眺めたりしている時間がとても好きだった。
私より二歳年下で、同じ施設からこの店にやってきた隼人のことも、気弱で不器用だけれど、私の背中をいつも真面目に追いかけてくれる可愛い弟のようにずっと愛おしく思っている。
だけど――最近、時々肌が粟立つような、妙な違和感を覚えることがある。
隼人の視線だ。
ふとした瞬間に背中に突き刺さる、ねっとりと息苦しいほどの熱量と、どこか生々しい淫らさを帯びた眼差し。
私が棚の高い位置にあるカップへ手を伸ばし、エプロンの胸元が張ってDカップの胸の形が露わになったとき。あるいは、狭いカウンターの中ですれ違いざまに、昔から少し大きめで自分でもコンプレックスに思っているお尻のかたちを追われているような気配を感じたとき。
チラリと視線を向けると、隼人は弾かれたように目をそらし、首元まで真っ赤にして俯いてしまう。
(ううん……気にしちゃダメ。隼人はそんな子じゃないんだから……)
胸の奥のざわめきを打ち消すように、私は気づかないふりを決め込んで、そっとエプロンの裾を引っ張って隠した。きっと私の自意識過剰で、頼りないお姉ちゃんだから心配させているだけだと、自分に言い聞かせるように。
でも、あの病室での誓いとともに始まった私たちの穏やかな日常が、あの雨の日の出来事を境に、二度と元には戻れない深い場所へと滑り落ちていくなんて。
この時の私は、まだ何も知らなかった。
* * *
「カチャン」と凛さんがコーヒーカップをソーサーに置く繊細な音が、店内に静かに響く。
カウンターの奥でバックヤードの片付けをしながら、僕は盗み見るようにして凛さんの後ろ姿を目で追っていた。
透き通るような肌、おっとりとした優しい横顔、そして、小さな背中。
18歳で施設を出て行った凛さんを追うように、僕がこの『喫茶 ルポ』にやってきてから丸3年が経つ。
昔から不器用で、内気で、小太りな体に強烈なコンプレックスを抱いていた僕にとって、この場所は唯一息ができる居場所だった。亡くなったオーナーと、何より僕をいつも温かく迎えてくれた凛さん。
(でも……今の僕は、ただの『可愛い弟』なんかじゃない)
凛さんが棚の高い位置へ手を伸ばすたび、薄手のブラウスとエプロンが引っ張られ、豊かなDカップの胸の曲線が露わになる。狭いカウンターですれ違う瞬間、彼女の歩みに合わせて揺れる、少し大きめで柔らかなお尻のライン。
その圧倒的な魅力を目にするたび、僕の胸の奥でドロリとした熱い塊が蠢く。
欲しい。触りたい。この手で思い切り抱きしめて、僕だけのものにしてしまいたい。
そんな欲望が頭をよぎるたび、強烈な自己嫌悪と惨めさが僕を襲う。
身長167センチ、体重80キロ。冴えない顔立ちに、22歳にもなって女性を知らない童貞。こんな醜い自分が、太陽のようにまぶしい凛さんに触れたいだなんて、おこがましいにも程がある。
(キモいんだよ、僕なんか……)
チラリと凛さんが振り返りそうになると、僕は慌てて視線を逸らし、首元まで熱くなるのを感じながら床へ目を落とした。バレたら嫌われる。気持ち悪いと拒絶されて、この大切な居場所すら失ってしまう。
だから僕は、必死にこの醜い欲望を押し殺し、ただの「気弱な後輩」の仮面を被り続けている。
病室でオーナーの手を二人で握りしめたあの日から一年。僕たちは二人きりでこの店を守り、アパートで寄り添うように暮らしてきた。この静かで穏やかな日常が、ずっと続いていくのだと信じていた。
あのアスファルトを叩きつけるような雨の夕暮れ、すべての歯車が狂い出すまでは。
* * *
雨足は弱まる気配もないまま、静かに夜の帳が下りていった。
今日は結局そのまま来客もなく、早めに暖簾を下ろして店を閉めることにした。
徒歩数分にある古い木造アパートの2階。亡くなったオーナーの口利きで借りることができたその場所で、私と隼人は廊下を挟んで向かい合う別々の部屋で、それぞれ一人暮らしをしている。
「じゃあ凛さん、おやすみなさい
」
「うん、隼人くんもゆっくり休んでね」
廊下で短く声を掛け合い、互いに自分の部屋に入って鍵を閉めると各々が好きな時間を過ごす。
部屋の電気を消して布団の中に滑り込むと、湿り気を帯びた暗闇の中で、昼間の火照りがむくむくと首をもたげてきた。
昼間、狭いカウンターですれ違ったときに感じた熱い気配。
そして、お風呂で自分の身体を洗っていたときに思い浮かんでしまった、甘く重い記憶。
(ダメなのに……どうして今さら、思い出しちゃうんだろう……)
暗闇の中、そっと自分の胸元に手を置いてみる。
薄手のロングTシャツ越しに伝わる、Dカップの柔らかい膨らみと、とくんとくんと脈打つ鼓動。
脳裏に蘇るのは、高校時代に付き合っていた元カレの顔だった。
放課後の誰もいない教室や、彼の部屋の空気。甘い言葉で囁かれながら、指先で肌をなぞられ、強引に衣服を乱されたあの感触。痛みに似た痺れと、身体の奥が融解していくような淫らな熱気。
「……んっ……」
自責の念とは裏腹に、ロングTシャツの裾から滑り込ませた自身の指先が、濡れた記憶をなぞるように太ももの内側を這い上がっていく。
元カレに無理やり開かされた脚、肌に押し付けられた熱量、耳元で吐き出された荒い息遣い。
一度思い出すと止められなくなり、下腹部の疼きは甘く重く全身へ広がっていく。
(だめ……息が、上手く吸えない……っ)
口元を拳で覆い、漏れ出そうになる艶っぽい声を必死に押し殺す。
指先をさらに深くへと沈めるたび、背中が弓なりにしなり、甘美な快楽の波が押し寄せてくる。
薄いドアと静まり返った廊下を挟んだすぐ向かいの部屋には、弟のような隼人くんが住んでいる。そして薄い壁のすぐ隣には、見知らぬ住人が暮らしているこのアパートで。
そんな場所で、昔の男との淫らな記憶に身を任せて身体を震わせている自分。その背徳感がさらに私を追い詰め、密やかな火照りをどこまでも深く過熱させていった。
* * *
廊下を挟んだすぐ向かいの部屋で、凛さんが一人で寝ている。
(凛さん……凛さん……っ)
暗闇の中で硬くそそり立った怒張を、自分の下腹部の固く熱い熱量を感じながら、僕は荒い息を吐き出した。
頭の中を占領しているのは、今日の凛さんの姿だ。
白いブラウスにきゅっと締まった黒い蝶ネクタイ。エプロンを押し上げる豊かな胸の曲線。黒ストッキングに包まれた柔らかなふくらはぎ、歩くたびに魅惑的に揺れていたお尻のかたち。
昼間、必死で抑え込んでいた醜い欲望が、暗闇の中でドロドロと溢れ出して止まらなくなる。
自分の大きな手で、怒張を力任せにそこを握りつぶすように動かす。
(触りたい……思い切り抱きしめて、僕だけのものにしたい……っ)
167センチ、80キロの醜い自分。22歳にもなって女性を知らない、気弱で冴えない童貞。
そんな自分が、太陽のように美しくて優しい凛さんにこんな卑しい妄想を抱いている。強烈な自己嫌悪と惨めさが胸を刺すけれど、手に込める力は一層強くなっていく。
「は……っ、ん……っ」
部屋の外や隣の住人に声が漏れないよう、布団をかみ締めながら腰を浮かせる。
もしもバレたら気持ち悪いと拒絶される。この温かい居場所すら失ってしまう。
分かっているのに、僕の浅ましい身体は、すぐ向かいの部屋にいる凛さんの体温と柔らかさを貪るように求め続けていた。
限界を迎えた瞬間の熱い余韻の中で、僕は激しい罪悪感に苛まれながら、ただ深く絶望的な息を吐き出した。
* * *
湿り気を帯びた6月の風が、店のドアを揺らしていた。
連日の梅雨空。外はしとしとと絶え間なく雨が降り続いていて、ガラス窓には斜めの水滴が幾筋も伝っている。雨の日は客足が途絶えがちだけれど、店内には珈琲の香ばしい匂いと、雨音を打ち消すようなジャズのBGMが穏やかに流れていた。
私は店の指定である白いブラウスの襟元を整え、きゅっと黒い蝶ネクタイを締め直す。
腰には落ち着いた深緑色のエプロン。膝丈の黒いスカートからは黒いストッキングに包まれた脚が伸び、足元は履き慣れた黒のパンプス。自分なりにしっかり着こなしているつもりだけれど、動き回るたびにDカップの胸元がブラウスを押し張り、スカートの裏地が少し大きめのヒップに引っかかる感触があって、一人でこっそりエプロンの位置を調整した。
ちなみに隼人も同じ白いブラウスに蝶ネクタイ、深緑のエプロンに黒のズボンという装いだ。普段より少しきっちりして見える姿に、密かに微笑ましく思ったりもしていた。
(今日はこのまま静かに営業終了かな……)
そう思いながら、カウンター越しに磨いたグラスを棚へ戻していた、その時だった。
「カランコロン」
とドアに取り付けられた真鍮のベルが重たく鳴り響いた。
「いらっしゃいませーー。」
私はいつも通りおっとりとした優しい声で来店客に挨拶をした。
どこか神経質そうなその男性客がぐるりと店内を見回し、奥のテーブルへ歩み寄るとどさりシートに腰掛けた。
靴底が床を鳴らすたび、男の視線が私の脚元から腰、そして胸元へとねっとりと這い上がってくるのを感じた。
「お待たせいたしました。ご注文はお決まりでしょうか」
できるだけ普段通りの穏やかな声を意識しながら、お冷やとおしぼりをテーブルに置く。
男はメニューも見ずに、フンと鼻で笑うような息を吐いた。
「ブレンド。あと……タバコは吸えるんだろうな?」
「あ、申し訳ございません。当店は終日禁煙となっておりまして……」
「は? 禁煙?」
男の声が一オクターブ上がり、眉間に深いシワが刻まれた。スーツのポケットに伸ばしかけていた手がピタリと止まり、苛立ちを隠そうともせずにテーブルをコンコンと指で叩く。
「なんだよ、この古臭い店は。雨宿りくらい煙草吸わせろよ。気が利かないねえ」
「あ……すみません……」
威圧的な態度と声の大きさに気押され、私は思わず半歩後退りしてしまった。胸の奥がキュッと縮こまり、背中に冷たい汗が伝う。
「おいおい、そんなに怯えるなよ。……まあいいや、ブレンド一つ。早く持ってきてくれ」
男はそう吐き捨てると、品定めするように再び私の全身に視線を絡ませた。特に、エプロンでキュッと絞られた腰回りからDカップの胸元、そしてスカートから伸びる黒ストッキングの脚へ。その不躾で生々しい眼差しに、私はぞくっとした寒気を覚えながら、逃げるようにカウンターへと戻った。
* * *
「は? 禁煙?」
男の大声が静かな店内に響いた瞬間、僕の背中に激しい緊張が走った。
カウンターの影から覗き込むと、男は横柄な態度で凛さんを睨みつけ、威圧するようにテーブルを指で叩いている。凛さんが困惑し、怯えたように体をこわばらせて半歩引くのが見えた。
(……凛さんに、なんて態度だ……!)
胸の奥で、カッと熱い怒りが込み上げる。
だがそれと同時に、167センチ、80キロの冴えない僕の身体は、男の放つ嫌な圧力にすくんで動かなくなっていた。
「おいおい、そんなに怯えるなよ……」
男が吐き捨てるように言いながら、凛さんの体に露骨で気持ちの悪い視線を這わせている。
黒いスカートのライン、黒ストッキングに包まれたふくらはぎ、エプロンを押し上げる豊満な胸。僕が毎日のように必死で視線を逸らし、心の中で拝むように大切に思っている凛さんの身体を、あの男は汚い目で見下している。
(やめろ……そんな目で凛さんを見るな……!)
拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込む。
だが、情けないことに足が前へ出ない。自分のような不器用で太った童貞が割り込んでいって、もし男に怒鳴られたり殴られたりしたらどうしようという恐怖が、僕の体を縛り付けていた。
「隼人くん、ブレンド一杯お願いします……」
カウンターに戻ってきた凛さんの声は、かすかに震えていた。顔色が心なしか青白い。
「あ……はい、すぐ淹れます」
僕は小さく返事をしながら、心の中で激しい自己嫌悪に苛まれていた。大好きな人、守らなきゃいけない大切な人が目の前で嫌な思いをしているのに、声すら満足に掛けられない自分の弱さと情けなさ。?
その惨めさが、ドロドロとした暗い感情となって僕の胸の底に溜まっていった。
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