その4
時計の針は10時を指した頃だった、一通り掃除機を掛けると、一つため息をつき、鏡に向かった。
化粧すらしたくなかったが、すっぴんというわけにもいかず、薄く化粧を施した。
服装はなるべく女性的でないものにしようと思い、デニムにスニーカーといった、普段スーパーに行くような格好を心掛けた。
鏡に向かい身支度を整えながら、今日の展開を想像した。
私の取り越し苦労で、佐藤監督にやましい気持ちなど無く、ランチを1〜2時間ほどしながら、バスケット談義に花を咲かせるだけで終わる。
これはかなり希望的観測と言わざるを得ないが、可能性としてはゼロでもない気がした。
50過ぎの男からしたら36歳の私でも若いお姉ちゃんの部類に入るならバスケを口実に楽しくお喋りがしたかっただけという事も考えられた。
だが、会うからには最悪の事態も想定しておかなければならないとも思った。
今考え得る最悪の事態とはどんな事だろうか。
やはりセクハラの類いだろう。
昼間のファミレスを指定しているし、その場で触ってきたりなどは無いだろうと思いつつも、卑猥な言葉をぶつけられたり、肉体関係を強要されるような事は充分に考えられた。
噂レベルの話しだが、自分の息子をスタメンにしたいと願う母親が監督に色仕掛けを仕掛けるような事もあると耳にした事は一回や二回ではなかった。
だが、6年間息子が世話になるチームの監督という立場にありながら、そのような要求をしてきた場合は息子を人質にした脅迫であり、決して許す事は出来ない。そのような発言があれば、即学校に告発をして貴方をクビにしてもらいますと逆に脅してやればそれで済む話しだと気を強く持ち挑む事にした。
最寄り駅とはいえ、徒歩では20分ほどあるため車で行く事にした。ファミレスにはパーキングがあるのを知っていたし、仮にも息子が世話になっている監督を待たせるわけにも行かず、ましてや、私の自宅の最寄り駅まで足を運んで頂いている以上、お待たせをするわけにはいかなかった。
ハンドルを握りながら、常に希望的観測と最悪の事態が交互に頭に浮かび上がっては消えていった。
もし、佐藤が人目も憚らずに触ってくるような事があればその手を叩き、睨みつけてやればいい。
そう覚悟を決めるとファミレスの駐車場に愛車のFIAT PANDAを乗り入れた。
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