その3
これはもう逃げられないかもしれない。佐藤からのDMを読み、そう感じた。自分はプロとの繋がりもあると匂わせ、また付属高校の総監督の津島の名前も出してきた事に意図的な意味を感じずにはいられなかったし、昼でもいいから空いている日を教えろという気迫は只の監督と保護者の関係では既にないように思われた。少なくとも佐藤は私を教え子の保護者とは見ていないのではないだろうか。
普通なら旦那に相談をする内容なのだろうが、旦那とは最低限の口しかきいていないし、旦那が階段を昇る足音にすら嫌悪感を抱いてしまう関係だから、とてもこんな相談は出来ないし、したくなかった。
学校に告発してしまおうかと考えたが、現段階では、佐藤に何もされたわけではないし、保護者と個人的なメッセージのやり取りは慎むようにという程度のイエローカードが出るだけでクビになる事はないだろう。そうなれば告発者の息子であるシンジが冷遇を受ける事は避けられないだろうし、東都川が中高一貫である事を考えると、佐藤から津島にあらぬ事を吹き込まれでもしたら、シンジは6年間、日の目を浴びる事がない立場に追いやられる事も考えられた。
一度だけ食事に付き合えば良いのなら、それで気が済むなら。そう覚悟を決めるより道は他になかった。
「お誘い頂きありがとうございます。明後日のお昼に少しだけ時間が取れそうです。当日は在宅勤務のため自宅の最寄り駅近くか、東都川中学の最寄り駅近くのファミレスで軽くランチはいかがでしょうか。」
自宅の最寄り駅近くか、中学校の最寄り駅近くを指定したのはせめてもの反抗であったが、佐藤はそれすらもきっと気づかないふりをするに違いなかった。
送信してから大きくため息を吐き、50歳をとうにすぎた佐藤の薄く禿げた額と大きく張り出した腹、浅黒く焼けた肌を思い出し、もう一度ため息をつき、携帯電話を投げるようにテーブルに置いた。しばらくは携帯を見たくも触りたくもなく、洗濯、掃除、在宅ワークの資料作りなどに没頭した。
気づくと佐藤にDMを送ってから5時間が経っていた。
恐る恐るfacebookを開くとやはり佐藤からのDMが届いてた。
「ランチのお誘いを頂きありがとうございます。学校の最寄りとなると少し気が引けますので、ご自宅の最寄り駅までお伺いさせて頂きます。大泉学園駅に11時に着くようにいたします。それでは明後日お会い出来るのを楽しみにしております。」
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