その日の終業後に貴子は化粧室でメイクを直していた。普段はビジネススーツをパンツスーツに着替え靴もハイヒールから通勤用の靴に履き替えるが、この日はタイトスカートのまま着替えずに帰宅するつもりだ。
鏡に映るパリッとしたビジネスウーマンの自分をよく確認してから貴子かほくそ笑む。
「これでよしっと」
いたずらっ子のような笑みを浮かべ無意識に下唇をペロッと舐めるとコートを羽織り貴子は会社を出て駅に向かい歩き出した。
コツコツとヒールを鳴らし駅の階段を下りる。もし、いなかったら?でも今日も会える気がする。いつものように待っている気がする・・・(やっぱりいた♡)
電車のドアが開くと貴子はすぐにオジサンを探し当てた。いつものようにおじさんは横の席を開けてくれているが、あえてオジサンの前に立ちじっと見つめる貴子・・・
(うん?だれや?この女?もしかして・・・)
目鼻立ちの整ったキリっとした貴子が自分を見ていることに気が付いた。薄汚れた作業着とパリッとしたスーツにメイクをが決まった貴子。比べたくはないがどうしても惨めになる・・・
(そんな目で見んといてやぁ~)
(クスクス おじさん気が付いてくれたwかわいい)
気まずそうに目頭を押さえる男、貴子は無表情のまま冷たい目でオジサンを見つめていた。ポンポンと隣の席を手で叩き座るように促すが貴子は立ったままオジサンを見つめている。永遠と思える気まずさの中、やがて電車が男と貴子が降りる駅に着く。今度は家路を貴子が前に立って歩く、コツコツとヒールを鳴らしながら時折後ろを振り返りオジサンが付いてきているか見るたびに貴子は前を向き見えないように笑みを浮かべる。
(ついてきてね♡おじさん♡)
オートロックのマンションのエントランスで貴子は腕を組み待っていた。オジサンは気まずい表情を浮かべ貴子の横を通り過ぎようとする。
「待ってください」
凛とした貴子の声がエントランスに響く!
「私の後をついてきた理由を教えてください!」
腕を組んだまま冷たい目で貴子が尋ねる。
「なんでって・・・ここ俺の家やがな・・・」
「いつから?」
「先週の土曜日に引っ越したんやけど?あかんの?」
ふうん・・・と貴子が鼻で笑う。
「どの部屋ですか?」
「そこまで言わなあかんかぁ?」
困りきった表情でオジサンが答える。
「8階の810・・角部屋」
「確認させてもらっていいですか?」
「なんでやの?」
「ここに彼方の部屋がなかったら通報しますから!」
勝手にすればええやん・・・オジサンは小声で言うとエレベーターに向かい歩き出す。貴子はそのあとをコツコツとヒールを鳴らしながら歩く。エレベーターの8階のボタンを貴子が押すと壁際に立つオジサンの方を向きなおり鋭くにらむ。
手にはスマホが握られ何かあったらすぐ通報する気だろう。
(しかしまあ・・・えらい別嬪さんやの・・・それに賢そうな・・・いや実際賢いんやろうな)
キリっと整った目鼻立ちにの貴子をはじめてまじまじと見る。夜の顔か・・いや昼の顔やろうなぁ・・・
(かわいいけど実際苦手やな・・・)
チンとベルが鳴りドアが開く。
「おおきに。ボタンおしてくれてありがとう」
「えっ?」
思いがけない言葉に一瞬貴子の目が見開いた。
「部屋?くるんやろ?こっちや」
マンションの廊下を勝手に先に歩き出したオジサンの後を追う。
810のドアにカギを刺しガチャリとドアが開く。
「これでええか?」
「結構です。お名前・・・教えていただけますか?」
「立花や・・・立花啓介」(仮名)
「貴子です・・・立花さん?」
貴子は指でピストルの形を作り立花に指先を向ける。
「ぱぁん!」
胸を押さえその場に膝をつく立花
「うわっやられたぁ~なんでやねん!」
「ふふっw大阪の人って本当にそれするんですねw」
「やかましいわw大阪人の常識やw」
「じゃまたね。立花さんw」
踵を返し歩きだす貴子を立花が呼び止める。
「貴子ちゃん、明日の夜飲みに行かんか?」
「貴子って呼んでください・・・いいですよ。」
「御馳走してくれるんですか?」
「ええよ。そこの小料理屋 堺 でどうや?」
「まあ、いいですよ。待ってます。」
「おおきに・・・」
こちらに背を向け廊下をあるく貴子の姿が見えなくなる。立花は立ち上がり部屋に入りそのままベランダでタバコをふかす。
「やられてもうたわ・・貴子ちゃんかぁ・・・ええ子やなぁ・・・」
「・・・ちょっと待てよ?」
こっちは、部屋から名字から名前まで教えてもうた・・・それに引き換えわかったのは「貴子」という名前だけ??
「やられたわぁ・・・悪い女やなぁ・・・まっいいか・・・」
貴子もそのころ自室で再び右手の人差し指を見つめていた。
「立花さんか・・・」
微笑を浮かべふっと人差し指の先に息を吹きかける。
「楽しみですね・・・」
続く
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